32SS
【ミツヤマ】32SS
ミツヤマ短編36編のまとめ(既刊)です。
サンプル内には一部のみ掲載しております。
ほのぼの、切ない、あまあま、エロコメディ…
あらゆるミツヤマが詰まってます!
◆次回頒布イベント
2022年7月24日 星に願いを。
ミツヤマオンリー
【ハチミツやまもりパンケーキ】
◆頒布スペース
東6 ち07a 【ねんねんごじ】
◆判型・価格
A5 120ページ
500円
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★ご注意★
サンプル内に成人向け表現がございます。
成人の方のみ、4ページ以降をご閲覧ください。
◆最後のキス
やさしくしてくれてありがとう。
愛してくれてありがとう。
おまえを愛せなくてごめん。
伝えたいことは沢山あった。それ以上に伝えられることが毎日嬉しくて、伝えそびれてしまっていたけど。
二日酔いに痛む頭で目覚めると、年下の恋人の膝が頭の下にあって。
もうそろそろこいつの手を離してやらなきゃな、なんて、重だるい胸の底が痛んだ。
落とした桃がそこから熟すみたいに、触れたところが次々に甘く感応する行為に溺れて、ずるずると離せずに居た。こいつはかっこよくて、良い奴で、俺なんかに縛り続けていていい存在じゃないのに。
「一晩中、膝枕してくれてたのか」
「……大和さん、起きた?」
呟くと、恋人の指が、さらさらと髪を撫で始める。また、その目が優しく、三日月の形を結ぶ。
「ミツ、ごめんな」
「足しびれてっけど、こんくらい平気だって。昨夜の味噌汁あっためて食おうぜ、あんた飲んで帰ってくると思って、しじみの味噌汁作ってあっから」
さっき痛んだばかりのところから、じわじわと苦痛の波が広がった。心の輪郭いっぱいに波紋を広げて、その痛みが、俺に言えと促す。
「……ミツ」
呼んで、手を掲げた。その唇を指の甲で撫でる。
触れてくる指の動きが止まる。
「うん?」
見下ろしてくる瞳は優しく緩んで。
……この目が、大きく見開いて、苦しみに歪むところなんて。見たくないのに。
俺のけじめに、付き合わせてごめん。
大きく息を吸った。
「別れよう」
声にできた。ようやく。お前を離してやる言葉を。
ボイトレの成果めざましく、言葉は震えなかった。これまでの人生で口にしてきたさよならの中で、一番だと思えるほど、皮肉なくらい身体中が別れの重みを実感している。
もうこいつは、俺の恋人じゃなくなる。
見上げた目が、大きく見開いた。
ああ、ごめん。ミツ、おまえにそんな顔させて。
ミツの震える唇が、大きく開いた。
そして……。
「はあ?」
……はあ?
「いやあんたさ、昨夜のこと覚えてねえの?」
「……昨夜?」
酔って帰ってきて……たまたまミツと、リクが起きてて……あれ、リクはいつ部屋に帰ったんだっけ。つーかここリビングだわ。俺の部屋じゃないな……。
予想外のミツの台詞に、とりあえず思考をめぐらす。
え。何、これどういう反応だ?
「覚えて、ない、けど……」
ミツが大きくため息をつく。呆れ果てたように眉を寄せて。
うん? 想像してた反応と違う。もっと悔しそうに目に涙を貯めて、ミツは良い奴だから、分かった、って……。
「あんた、昨夜酔っ払ってオレに抱きついて、『大好き大好き結婚しようミツしかいない俺のこと一生好きでいて』って泣いてたんだぜ」
「……は?」
「陸ごまかすの大変だったんだよ。子守唄で強制寝かしつけしたけど。で、今朝はなんの冗談なわけ?」
「え、いや、冗談じゃ……」
「酔っ払ってるあんた、普段言えねえような本音ぼろぼろ言うからさ。すげえ嬉しかったけど、手出す訳にもいかねえし、昨夜ほんとオレ、大変だったんだからな」
「それはごめん……?」
「てことでさっさと二日酔い治してくれよ。おはよ、ハニー」
ミツがにやりと白い歯を見せ、俺の額に口付けた。
ミツの熱い手のひらに両頬を包まれながら、さして大きくもない目をぱちくりと瞬く。
……いやいや待て。
俺、ミツのこと、そんな……そりゃ好きだけど、ミツを俺なんかが独り占めできるほど俺だけがミツを好きってわけじゃないって思って……。
「いやあのミツ、俺、本気……」
「あのさ。あんたがなんで別れようとか言うのか知らねえけど、オレが頷いたらあんた、絶対後悔するから。離してなんかやんねえよ」
「はぇ……でもミツ、俺なんか……他のやつに比べれば、ミツのこと全然まだまだ好きって言えない……」
「何間抜けな声出してんだよ。あと、俺なんかとか言うな。あんたのファンに失礼だろ。オレはちゃんとあんたを大好きだし、あんたからの好きも貰ってっから」
ミツの唇が、鼻の頭に押し付けられて、離れた。
傷つけると思っていたそいつは、幸せそうに唇を緩めて、俺を見つめた。
大きくてこぼれそうに輝く、夕陽みたいな色の瞳。地面に濃い影を作るけど、そちらを見ずにはいられなくて、世界中その色に染めあげてしまうほど魅力的なくせに、昼間には色とりどりの世界を眩しく輝かせる、俺たちの太陽。
「つーか、そんな泣きそうな顔して別れようなんて、あんた、十分オレのこと好きだぜ」
ミツのキスは、最後は唇に落とされた。唇が触れ合ったまま、ミツがふふふと笑いをこぼす。
「安心して彼氏でいてよ。大好き、大和さん」
……ええ?