mottoわたしのにいさん 

◼️キスのやり方が知りたい一織

おしえて

「おしえてください」
 一織の唇に、ほんのすこしだけ力が篭もる。ピンクの舌がちろりと覗いて、下唇が内側に巻き込まれる。
 はあ、と熱っぽい吐息。伏せていた目が、ゆっくり、オレをとらえた。
 一織、まつ毛、長いな。
「兄さん……」
 真っ直ぐにオレを見つめた瞳は、けれどまたすぐまぶたを下ろし。
 口付けてきた。
 頬を押さえてくる両手に、オレも両手を添えてやる。
 長いキスの間、一織は微動だにしなかった。
 ……ん?
「一織」
 唇を合わせた位置のまま、無理やり名前を呼ぶと、一織と視線がかち合う。
「あのさ、……これだけ?」
「……キス、したんですけど、やっぱり足りないですか」
 唇が離れた。
 ぎゅうときつく目を閉じて、もはや眉根まで寄せて苦しげに、しかも耳まで赤くしていた一織が、肩を軽く上下させながらあえぐように呼吸する。
 唇を合わせている間、おそらく息も止めていたんだろう。
 なるほどな。
「一織が教えてほしいのって、キスのやり方?」
 一織が小さく頷く。問いかけにこくんと頷く姿は、幼い頃と変わらないのに、困ったように下がった眉は、あの頃は想像もしなかったほど色っぽい。

 兄さんがキスを教えてくれ始めてから、一ヶ月。
 これまで毎日、毎晩、どんなに帰りが遅くなっても、私たちは兄さんの部屋でキスをして眠った。
 瞼を閉じる強さも、兄さんの指にこめかみをやさしくさすられながら覚えた。
 はじめはどこに置くべきか分からなかった手も、ベッドの上でキスをされたり、床に座ってキスをされたりするうちに、兄さんの体のどこに預ければ良いか分かるようになった。
 一番困っていた呼吸も問題ない。鼻から静かに呼吸すればよいだけだった。
 覚えたことは実践したい。キスをマスターしてからというもの、私は兄さんに何度もくちづけをした。
 ベッドにねそべる兄さんの傍に正座して、体を折ってキスを落としたり。隣に座ってテレビを見ながら、兄さんの袖を引いてキスしたり。髪が邪魔にならないように、いつも髪を耳にかけてキスした。
 兄さんのやわらかな頬を掬ってキスを落とすと、兄さんの長いまつ毛が頬をくすぐって、なんだか胸がむずがゆく、あたたかくなる。ずっとそうしていたい気持ちで、とくんとくんと心臓が動く。
 兄さん。
 好きです。
 大好きです。
 兄さん。
 湧き上がる気持ちのままに何度も長くくちづけても、兄さんは嫌がらず、私を受け止めてくれた。
 ずっと望んでいた、私を抱きとめて許してくれる兄さん、私だけの兄さんを、キスをしている間だけ、私は手に入れられた。
 唇を離して、兄さんの大きな瞳を見つめると、兄さんはすこしだけ眉を寄せて、困ったように私を見た。ベッドに寄りかかるようにして床にあぐらをかく兄さんに、正座で向き合う。
「……いおり、キス、好きだよな」
「いえ、キスじゃなくて、兄さんが好きなんです」
「そっか」
 素直な愛しさを口にすると、またキスがしたくなった。
 兄さんが、私の手を握る。
 兄さんからのキスだ……。
 目を閉じて応じる。ぴくりと肩が震えて、声が出てしまいそうなほど嬉しい。
 唇に力を込めないように、兄さんが気持ちいいように。
 押し付けられた唇のやわらかさを感じていると、兄さんの手が、腕へ、肩へと上がってくる。二の腕あたりを掴まれたとき、兄さんの唇に力が籠った。
 ゆっくり、背中を倒される。
 兄さん……?
「キス、するのも、されるのも、上手くなったな」
 兄さんが私を見下ろして言う。またまぶたを閉じた兄さんが、キスを落としてくれる。
 その唇は、ゆるく開いていて……。
「んっ!?」
 無防備に兄さんの唇に合わせていた私の唇の合わせ目に、なまあたたかく湿った兄さんの、舌が、触れた。

★続きは冊子でお楽しみください。

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