恋をしている
*
ざあざあと、強い風の音と、波の音。それなりに歳を食ったアイドルの裸を撮りたい、と撮影に呼ばれたのは、珍しい組み合わせだった。
「百さん、どうも」
「大和! お疲れ?! ね、三月、どう? 喜んでた?」
声をかけた途端、ついさっきまでの静謐な大人びた表情を一変させて笑いかけてきた先輩に、思わず舌を巻く。演技と言って名前が挙がるのはこの人の相方の方だけど、この人も見劣りしない。それどころか、大きな目で日ごろ明るく振る舞う分、人懐こさを感じさせない無表情を装った瞬間の落差には、誰もが目を引かれずに居られない魅力がある。
その先輩が身を乗り出して矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。後ろにのめりながら応じる。
「えっ?……あ、バズーカですか」
「そそ! 絶対大ウケ! だったでしょ? 撮影で貰ったんだけど、モモちゃんちに置いとくより、アイナナのみんなにあげた方が、有効活用してくれると思ったんだよね!」
「あー、はい、たしかに活用はしてます」
「お! 寝起きドッキリかにゃ? モモちゃんも今度泊めてほしいにゃ!」
「いいですよ。泊まれる部屋そんなないんで、リビングで雑魚寝になりますけど」
「大歓迎! 夜通し三月と相方愛語り合っちゃおうかな!」
おう、おうと、どこかで海鳥が鳴き交わす。特有のテンポのいい会話に身を委ねながら、そういえばこの人は知っているのだったと思い当たった。
夏の海、周囲に一般客はいないとはいえ、撮影スタッフや、数人の他グループのメンバーもいる。それとなく声を潜めて尋ねた。
「百さん、その辺の話、どう思いました?」
「大和と三月のこと? オレは嬉しかったよ」
「……嬉しいって」
「大和も三月も、一人で大丈夫って顔してるからさ。二人だから大丈夫って顔してる方が、安心できるんだよ」
「……間接的な惚気とかだったりします?」
「正解! ユキがいないとオレはRe:valeでいられないからさ。って、その話は今は置いといて! オレ、大和と三月が一緒にいる時の二人の顔、好きなんだ! 二人とも可愛い後輩だからね!」
百さんがふと人差し指を立てた。指さす方を見上げると、白い腹の海鳥が一羽、岬から飛び立っていくところだった。後を追いかけるようにもう一羽、その鳥より少し大きな鳥が飛び立つ。
「オレは鳥になれないけどね。鳥も歌って歌うでしょ。大好きな人に振り向いてもらえる歌。ユキといると、大好きなユキと歌ってると、オレもどこまでも飛んで行けそうな気がする。オレ、ユキと一緒にいる時の自分の顔、好きなんだ。幸せーって顔をユキに見せられてるってわかって、ほっとする」
「一緒にいる時の顔……」
「ふふ、三月と大和は、二人とも同じ顔してるんだよ。今度鏡の前で抱き合ってみたら?」
「あー、えーと、考えときます」
「にゃはは! 大和、けっこう真面目だよね! そういうところ好きだよ。感想教えてね!」
白い鳥がぐるりと旋回して、一羽が右へ、もう一羽はふたたび岬へと戻る。ばさばさとつばさを上下させて降り立つと、大きな羽を器用に折りたたみ、鉤爪でアスファルトを掴んだらしい。海辺のごつごつと泡立つように削れた石に、つるりとした鳥の黄色い鉤爪がくい込むところが、遠く離れているのに、見えた気がした。
西の方へ飛んで行った一羽は、つばさの羽ばたきをやめ、また優美に旋回を始める。そのまままた、あの岬へと戻り、降り立っていくのだろう。あの鳥の隣に。
「千さんに共有しないでいてくれるなら、いくらでもラビチャしますよ」
「むむ……スクショ爆撃はモモちゃんとユキの愛の営みだから、禁止はつらいにゃ……覗き見ならオッケー?」
「絶対見せる気満々じゃないですか。あの人、見ちゃダメだよ! ってモモさんに言われたら見るでしょ」
「ユキってばそういうところお茶目さんだよね!」
とりとめもない会話は、スタッフの呼び声で中断された。
このところ、そんなことばかりだ。人と満足にゆっくり話すことも随分していない気がする。
ミツとのんびり過ごしたい……。
あわよくば二人きり、少し、いつもはしないようなこともして。甘い空気を作って誘えば、乗って来ないだろうか。
カメラマンの要望通り、大人の色気とやらを全面に押し出した表情を作りながら、今夜のミツの予定を思い返す。お互い忙しいなりに、今夜は一緒に過ごせそうだった。
……今夜。
殴り込みだ。
今朝受け取った鉄の塊の感触を手に思い出す。その不穏な表情が何故か気に入ったらしいカメラマンが、ばしゃばしゃと激しくシャッターを切り、フラッシュを浴びせてきた。目まぐるしくポーズを変えながら、夜の計画を練る。
夜はあっという間に訪れた。
「ミツー、開けてー」
ドアの向こうにいる男に、つとめて気の抜けた、間延びした声で呼びかけてみる。肩に携えた大きなものを気取らせないで、ドアを開けさせるためだ。
ほーい、と同じく気負わない返事があって、ドアノブがゆっくり下りる。
来た。
「悪いな、ミツ!」
「えっ!? う、うお、おわ、重ッ!」
「えっと……」
ミツの頭を片手で抱き寄せながら床に押し倒し、その股間に腰を下ろした。
あのときミツがしたように、強く目を閉じて、唇を合わせる。
「んっ……、ん、ん……!」
慌てたらしいミツがじたばたと体をよじるのを、体重をかけて強引に押さえつけ、口内に舌を割り込ませた。仕返しだ、お前さんも同じことしただろ。ざらつく舌の腹を舌先で撫であげ上顎をつつくと、ミツが観念したように拳を下ろす。
昼間の浜辺で砂を踏みながら、考えたのはミツのことだった。飛び交う白い海鳥を見ても、そのせつないような鳴き声を聞いても、つめたい水に足を浸しても、日陰で火照る頬に飲み物を当てても。その全ての光景に、ミツに居て欲しいと思う。
「……は、……何、すんだよ」
「お前さんこそ。何も、してくれないのな」
舌を離して体を起こすと、ミツの顔に照明の光が注いだ。ミツの瞳孔がきゅっと縮まる。
「何も、って……」
「俺はお前さんがいい」
濡れた唇を舐める。ミツは俺の腰の下で大人しく俺を見上げていた。
「もう離さないって証明してよ」
この後告げることを思って、語尾が震えた。
しゃんとしろ。傍らに突き立てたバズーカに手を当てる。あの日ミツが俺にしたみたいに、全部ぶちまけてやれ。
ずり、と、ミツの股間の上で、尻を揺すった。
「……ミツが、萎えないで、俺ん中に入れるとこ、見たい」