恋をしている

 荷物の少ない大和さんの部屋は、オレの部屋よりよく声が響く気がする。ぐちぐちと水音を立てていた場所から指を引き抜くと、大和さんは尻をわななかせてうめいた。
「はぁ、はぁ……ぁ」
「大和さん、平気?」
「ん……」
肉体労働系の収録の後は、リカバリーの時間を長めに取ってもらえる。あれから、巻きで自転車を漕いでゴールし、オレも大和さんも、珍しく夕方からオフだった。
寮には今夜、オレたちしかいない。サッとシャワーを済ませ、早めの夕食を作って一緒に食べた。食卓になぜか酒が無いことを不思議に思って尋ねると、今夜は別のことがじっくりしたいから、と言われた。
別のことって……。
変に無言になって頬を火照らせ、ものの噛み方も覚束ないオレに、大和さんはくっくっと笑って、鮎やパプリカを口に運んでいた。
そんな、年上の余裕たっぷりだった大和さんが、今は、オレの腕の下でぐったりと呼吸している。背中を上下させながら、大和さんが応じた。
「走り回って疲れてるし……むしろ、いい感じに力抜けてるかも」
ベッドにうつ伏せになった体は、うっすらと赤らんで、今日の収録の日焼け痕を腕に残している。オレも大和さんも、日焼けには厳重に警戒していたつもりだったけど、七月の日差しの下では、高い日焼け止めも効果が薄いみたいだ。あとでクリームを塗って保湿してやろう。
大和さんの手の甲の日焼け痕に指を這わせると、大和さんがごろんと体を裏返す。正面から向き合って、オレの首に両腕を回してきた。
「中、柔らかかったでしょ」
前みたいに、指にローションをたっぷり垂らして解した後ろは、たしかにかなり柔らかくオレの指を受け入れていた。高い声を枕に押し付けて堪える大和さんは、前よりも気持ちよさそうに見えた。一言答えればいいだけなのに、舌がもつれる。
「やわ、らかかった、けど」
「あはは。緊張してる?」
「するだろ……だって」
言葉を切ると、大和さんが微笑んだ。艶然、という言葉がぴったりなほど、あでやかで、優美な微笑。片手が、するりとオレの体を撫で下ろし、下に触れる。
「だって、今日は、挿れるもんな。ミツのこれ、俺の中に」
「……うん」
顕わになった肘の内側が汗ばんでいる。大和さんが開いた脚が、オレの内腿に当たって止まった。尻たぶの肉の間に、大和さんが自分の手を下ろす。みっちりと締まったそこを、大和さんの指が押し広げる、ぢゅ、という濡れた音。
「下、脱げよ。ここに、くれるんだろ」
「ここ、に……」
ばくばくと激しく打つ、胸が熱い。
もうダメかも。初めてのライブの前より、緊張する。オーディションの結果を待つ時くらい、でもそれよりずっと幸せで、どうにかなりそう。
言われるままにベルトを緩めた。ジッパーを下ろす手が震える。下着とハーフパンツを一緒くたにずり下ろすと、恥ずかしいくらい勃起したものが、ぶるんと跳ねて、外気に触れた。
助けを求めるみたいに、そこにいる人を確かめる名前を、大切に呼ぶ。
「大和さん」
大和さんの指が拡げてくれている場所に、指を押し当てた。
「……挿れて、いい?」
大和さんが泣き出しそうな顔をした。このまま消えてしまおうとするような切ない顔。下を撫でた中指を持ち上げて、大和さんの頬を手の甲で撫でてやる。オレも眉を寄せて、きっと、同じような顔をしている。
「指……」
オレの、濡れた指先の皺を見咎めて、大和さんが目じりを赤くした。ふるふると唇が震える。大和さんも、緊張してるんだ。
「初めて、するんだ、オレたち」
「恥ずかしいからやめろって……っ、く」
ふたたび手を下ろして、大和さんの中に指を押し込んだ。熱っぽい肉がオレの指を飲み込んで、みちみちと締まっていく。大和さんの荒い呼吸の度に、ナカが収縮して、オレの指を甘くしめつけたり、押し出そうと蠢いたりする。くすぐったいような感触に、眉に力が篭もった。
内壁を指の腹でゆっくり、押しながら擦り上げていく。指を引く動きに合わせて、また擦り下ろした。抜き差しの動きに大和さんが、喉を細く開いてうめく。
「く、ぅ、……んん、う……は、っぁ……」
「気持ちいいところ、触ったら、ちゃんと教えて」
「うん……んっ! ん……はぁ……ぁ……っぐ、う……」
頷いた大和さんの吐息は、気持ちがいいからなのか、むしろ苦しいからなのか、時折弾んで、オレの胸をじっとりと濡らした。背中を丸めたその人のナカに、オレの指が入っている。手のひらを見下ろすと、ローションにまみれた手のひらが、ぬらぬらと光った。
「いい……」
「ここ? いい?」
「違う、もう、いい、から。……挿れて」
「あ……」
うん、とうなずく声が震えた。みっともなく汗をかいて、指を引き抜く。
「あ、あ……! んっ」
「……ゴム、つけるから、待ってて……」
ベッドの枕元に転がしていた箱をとり、包装を破る。乱暴に破いたゴミをゴミ箱に入れるオレを、大和さんは肩で息をしながら、どこを見るともなく見ていた。薄暗い部屋。ぺりぺりと蓋を剥がして中身をとり、自分のちんぽに被せると、濡れた薄い膜はオレの指の体温さえすぐに伝えた。
大和さんの腰を掴む。大和さんはオレに協力するように、自分の後ろに手を添えて、あろうことか人差し指と中指で自分の後ろを開いてさえ見せた。
「早く……」
確かにその方が挿れやすい……挿れやすいけど!
思わぬ仕草にカッと頬が熱くなる。エロすぎるって……!
「いま……挿れる、から」
自分のものを軽くしごいて、挿入できる質量を確かめ、大和さんの後ろに宛てがう。穴を押し開く指に触れたものの大きさに驚いたのか、大和さんが小さく悲鳴をあげた。
「ひっ」
 張りつめたものの質量は、想像の比ではなかったらしい。大和さんが微かに首を振る。
「いや?」
「……っじゃ、ない……挿れろって」
もうその目じりには涙が滲み出している。怖がりなくせに、強がって、平気そうに振る舞って……。この人は、オレとの繋がりを求めてくれている。
「ありがと」
大和さんの腰を掴んで、腰を進めた。押し倒したその人の目じりの涙を掬ってやりたいけど、その人の中は熱くうねって、オレを待ちわびている。ほんの少し押し込んだだけで、ぎゅうと締め上げるそこのきつさに、目の前が真っ白になるような気がした。割り込むオレの熱に、それ以上拡がりそうもない孔が、みちみちと形を変える。
腰を進めて、熱いそこにちんぽを埋めていく度に、目の前がちかちかして、息をするのもやっとだ。
……気持ちいい……!
「いっ……う、ぅ」
「痛いよな。ゆっくり、するから」
ぜえぜえと息をつく。眉が寄り、肩がこわばる。大和さんもそれは同じようで、苦しげに呻く唇の間から、きつくかみ締めた白い歯が覗いた。
「手、もう離していいから……オレと繋いでて」
後ろを拡げてくれていた手に手を重ね、その手を唇に寄せた。すり、と頬ずりしてキスをする。大和さんが、ちらりとオレを見た。
「まだ……はぁ、全部、挿入って、ない」
大和さんが、腹筋に力を込めないようにして、かすかな声で話しかけてくる。ああ、とつく息がエロくて、気が遠くなりそうだ。
「うん。平気?」
「……きついけど、いいよ」
「うん……ありがとう」
大和さんの手を額に押し戴いて、目を閉じてお礼を言う。大和さんが、短く嘆息した。その吐息で中がすこし緩まり、ぐっと迎え入れられる。
「礼なんか、いいって」
「言わせてくれよ。だって、夢みたいなんだ……」
「夢じゃないよ」
オレと繋いでいない方の手で、自分の腹をなぞってみせる。ずぶずぶとオレを咥えこんで、押し出しも押し入らせもしない、自分の後ろを、大和さんが見下ろした。
「ここにある感じ、するよ。ミツも、分かればいいのにな」
指先が、臍の下に茂ったものを、さりさりと擦る。額に脂汗を浮かせながら、大和さんが微笑んだ。
「煽んな、って……」
「ぁ、ぐっ!」
腰骨に添えた手に力を込めて、腰を進める。
大和さんの太いものが萎れて、ぺたりと体に寄り添った。
「ぁ……、はぁ……ぁあ……う……」
「き、つ……、大和さん、大丈夫?」
「ん、いい、から……早く……、」
大和さんの額の髪を避けてやる。熱い。溶けそうだ。人の中って、こんなに熱くて、狭くて、気持ちいいんだ。それも好きな人の中。
抑えていた欲望が、今にも迸り出てしまいそうだった。でもあと少し、もっと深くに進まないと。
大和さんの後孔がずぐずぐと、オレの一番太いところを受け入れていく。あと、少し……。
「すごい……オレのこと、受け入れてる……」
「……る、さ……いっ」
大和さんの目じりから、ぼろりと涙が落ちる。
鍛え上げた腹筋を震わせて、自分から脚を開いて、男であるオレを、体の中に受け入れてくれている。
大好きだ。
「好き」
呟くと涙が出た。
「好き。大和さん。大好き」
ぼたぼたとこぼれる涙を、拭うことも出来ない。
「泣きたい、の、俺の方なんだけど」
はあ、と荒く息をついて、大和さんがオレの頬に手を伸ばしてくれる。体をかたむけてその手に応えると、押し込んでいたものが少し抜けそうになる。
ぐっと抱き寄せて、最後まで押し入る。
「んあっ!」
「……っ全部、挿入っ、……た……!」
「あ、あ……っ、挿入ってる……」
「はは……挿入ってるよ、大和さん……大和さん!」
「分かってるって」
分かりきったことを繰り返すオレに、大和さんがクスリと笑った。その微笑みのささやかな動きにさえ、ナカが締まって、オレを絞ろうとする。
「大和さん、ありがと……オレ、嬉しくて、もう……」
もう、の先が続かない。もう、飛び立てそうなくらいに嬉しい。本当に、このまま空も飛べそうなんだ。あんたと繋がって、あんたを愛するオレのまま。
抱きすくめた体に、かたく目を閉じて額をうずめる。肩に手をのせ、ぐっと腰をさらに推し進めると、大和さんは短く喘いだ。
「はっ、あ、……好きに、動いていい、から」
「でも」
「いいって。……ミツが、俺のために、一生懸命になってるとこ、見たいんだよ」
微笑みが、砲撃みたいに胸を衝き、気づけばオレはぐりぐりと大和さんの奥をにじっていた。
「ん、ぅああ! あ、っ、はぁっ!」
苦しさを逃れようとしてか、大和さんが激しく声を上げる。大和さんのものはすっかり萎れて、自分のきんたまにぺっとりと寄り添っていた。
腰を揺する度、大和さんの尻にばちばちとオレのたまが当たる。ゆさゆさと大和さんの腰を揺する律動に合わせて、体を前後させる。大和さんの胸に手を這わせ、ローションまみれの手で乳首をいじると、大和さんはくるおしくあえいだ。トレードマークの眼鏡が次第にずれて落ちそうになるのを直しもせず、オレの体に腕を回す。
大和さん。大和さん。
真っ白に溶けていく頭で必死にその名前に縋る。
大和さん。
胸で呼ぶたびに、快感の波が寄せてきて、理性をさらう。
「大和さん、オレっ、もうイきそっ」
「いい、よ……っ、はぁ、あ! イ、けよ!」
大和さんが白い歯を見せて、眉を上げる。切なく太い喘ぎの合間の不敵な笑みに、カッと頭が熱くなった。
もうダメだ。
我慢できない……!
身体中の血が引くような、くらくらとする絶頂感が、いちどきに大和さんの奥めがけて駆け抜けていく。
「ミツ」
 ささやきの瞬間、瞼の裏が真っ暗に染まって、何もかもが引きずり出されるような感覚に囚われた。
「ぅ、っ、あ、ぁーーーっ……」
腰の奥から、喉の奥からどっと溢れ出した快楽を、動きを止めてやりすごす。ようやく開けた視界に、むずがゆそうな表情でオレの絶頂を受け止める大和さんが映った。
「……は、ミツの……すげえ、膨らんでる……」
「……っ、イッ、てる時に、エロいこと、言うなよな……!」
「……はは、必死だ……なあ、ミツ、気持ちよかった?」
「すっ、げえ、気持ちよかった……嬉しかった……幸せだよ、オレ」
「なら、よかった」
張り詰めては大和さんの中へ押し寄せようとする、長い吐精が、ようやく終わる。吐き出した精液が、ゴムの中でもったりと重たい。大和さんが、強ばっていた体の力を抜いて、ベッドに両手を下ろした。そういえば、オレがいく間、ずっとオレの体を抱き寄せてくれていた。その事が嬉しくて、またぼろぼろと涙があふれる。
「うわ、身体中どっからでも液出てくんのな」
「色気のねえ言い方……」
「いや、だってさ」
 弁解の後が続かず、大和さんがため息をついて、オレの頭を撫でてくる。親指で、ため息と同じくらいのやさしさで、目の横を撫でてくれた。よけいに涙が止まらなくなる。
「泣きすぎ」
 くつくつと喉を鳴らす大和さんの仕草でナカが震えて、イッたばかりのちんぽからゴムを奪われそうになる。慌てて手を添え、ゴムを掻き寄せた。
「ごめん、大和さん、イけなかったよな。手で抜こうか。口でもいいよ」
 大和さんのはすっかり萎えてしまっている。
射精が終わった途端また吹き出し始めた首の汗を肩にぬぐって、大和さんの中からちんぽを抜いた。抜けていく感触が気持ち悪いのか、胸を真っ赤に染めあげて、苦し気に大きく口を開いて呼吸する大和さんに、頬を寄せる。大和さんは指を揃えて眼鏡をずりあげ、頬を合わせてくれた。
「いいよ、そんなの……なんか、胸いっぱいだし」
「オレも……」
「ミツのほっぺた、ぐしょぐしょで冷たい。涙拭いてやるから」
大和さんがティッシュをとって、オレの頬をグイグイと乱暴に拭ってくる。珍しく乱暴な仕草に大和さんを見れば、大和さんも、目から涙を伝わせていた。
「え? 大和さん……」
「……っこれは! ……目から、汗だよ」
「嬉し涙?」
「……それ以外に何があんの」
大和さんの声が震えている。疲れきっているのだろうに、ぐっと眉を寄せ、怒ったような喜んでいるような、仕方なさそうな顔で、オレの涙を拭う手は止めない。
大好きだ。
「大和さん」
呼びかけると、大和さんがぱちりと目を瞬いた。またこぼれる涙が綺麗で、微笑む。
その唇に唇を合わせると、大和さんのまつ毛がゆっくりと降りた。
この気持ちが、全部伝わればいいのに。
全部伝えたくて、伝え方が分からないから、こうして体で愛し合うのかな。
「次は、大和さんもちゃんといけるように、オレ頑張るから」
「はは、ミツは言ったらやるからな……ほどほどにお願いします」
「一生懸命頑張るよ」
「……覚悟は決めとく」
事が済んで、ぐったりと動きたがらない大和さんの体を支えて風呂に連れていき、あちこち洗って湯船に浸からせた。その間にも勝手に期待して繋がりを求めようとする体を、冷たいシャワーで鎮めると、自転車を漕いでセックスまでしたあとの疲労が、脚に重たくのしかかっているのに気づく。湯船に浸かるだけで寝てしまいそうだった。
大和さんは既に眠そうに、湯船のへりにくたりと両肘を預け、頭を揺らしている。いつもソファでするだらけた仕草が、事後の裸というだけで、格段に色っぽく見えて、目を逸らした。
「なんであの日だったの」
「うん? 何が?」
「……告白。帰ってきて、すぐだったじゃん」
汗だくになった髪をふたたび洗っていると、大和さんが尋ねてきた。浴室に反響する湿った声。疲労に掠れた小声でも、はっきりと聞こえる。
「ロケ先でさ、お土産見ると、大和さんの顔が浮かんでくるんだよ。あんた、いつもオレたちにお土産買ってきてくれるだろ。一緒に選んでる気分になってきて。ほんとにそうできたら楽しいなと思ったんだ」
シャンプーを足そうとポンプを押すと、もう中身がほとんどないらしい、しゅこしゅこと空ぶる音がした。さっき大和さんの髪を洗ってやるのに使って、終わっちまったのか。後で足しに来なくちゃな……。
「ずっと、好きだったから。分かりやすいきっかけじゃないけど、言いたいって思ったときがタイミングなんだろうなって」
シャンプーのポンプ部分をくるくると回して抜き取り、ボトルを傾ける。底に少し残った白い石鹸液を手のひらにためて、わしわしと頭を掻き回した。
大和さんの返事がない。眠ってしまったのだろうか。
「オレからも訊いていい?」
尋ねると、うん、だとか、ああ、だとか、なんだか判別のつかない答え。もうずいぶん眠たそうだ。
聞いていいか尋ねた手前、聞くのを止めるのも気が引けて、少し声を大きくして尋ねる。
「怒ってるとか責めてるとかじゃないんだけど、あんたの気持ちが知りたくてさ。あんな風に別れようとするなら、なんで、付き合ってくれたの」
と、大和さんのほうで、ばしゃんと大きな水音がした。顔にお湯をぶっかけたらしい、そのあとでメガネをかけっぱなしだったことに気づいたのか、メガネを外して壁際に置き、ふたたび湯船のお湯で顔を洗っている。
顔に張り付く前髪を、横髪まですべて両手でかきあげて、大和さんがオレの方に向き直った。両腕を浴槽のふちに重ねて、その上に顎を載せる。
「付き合ってもいい、なんて訊かれたら、いいよ、って言うだろ……」
せっかく顔を洗ったのに眠そうな顔が面白くて、蛇口をひねる手を止めた。泡まみれの頭のままで、大和さんを見つめ返す。
「ミツには、いいよって、言ってやりたいから……」
大和さんのまぶたが、次第に降りる。
「俺もミツのこと、ミツが思ってるよりずっと、好きだったし」
話す口調もおっとりと、こちらの眠気さえ誘う穏やかさだ。
「付き合ってたいけど、幸せだけど、付き合ってちゃダメだって、幸せなのが怖くて、傷つけたくなくて、悩んで、ずっと……」
大和さんが悩むように言葉を切った。むにむにと唇が動いて、はあ、とため息。
「腹減った……」
……そうとう眠いらしい。
脈絡なく告げられた本能的な言葉に苦笑する。
「はは、オレも。風呂上がったらそうめんでも食う?」
「あー、いいな、大根おろし……」
「柚子胡椒と鶏がらスープもうまいぜ。モロヘイヤもあるから、さっと茹でて塩で食うか」
「余計腹減ってきた……モロヘイヤって何?」
「よく出してるぜ。緑の草」
「草か……」
そんな会話をしたくせに、大和さんは自分の体もろくに拭けないほど眠かったらしい、どうにか部屋に帰ると、ぐっしょり頭を濡らしたままで、ベッドに倒れ込んだ。すぐに寝息を立て始めたその人は、ベッドのふちに腰掛けたオレの手をぐいと引いて離さない。仕方なく、オレもまだ乾ききっていない頭を適当にタオルで拭いて、隣に寝そべった。大和さんのすこし日に焼けて熱をもった腕が、オレの腕をとらえて離さない。そのことに、ぎゅっと胸の奥がしめつけられる。
シャンプーを足すのを忘れていた。後回しにしてしまいたい。こんなふうに甘えてオレの腕を抱いて眠る人から、離れたくない。
なくなったもんを足すのは使い切った人、というのは、共同生活の当たり前のルールだ。腕を離して、足しに行かねえと。……行きたいのに。
「行きたくない……」
大和さんは、ずっとこんな気持ちだったんだろうか。
手放したくないのに手放さなくちゃと悩んで、誰かに、手放さないでいいと言って欲しい。噛み合わない気持ちが自分の中でふくらんで、爆発しそうな苦しみを抱えて。だから、オレが好きだと言う度に、気まずそうな顔をしていた。本当は、嬉しかったのに。
「……あんた、どんだけ、かわいいんだよ」
がっしりと筋肉の着いた肩に額を擦りつける。
「もう、離させないから……」
その手に、指を絡めると、ぎゅっと握りしめられた。冷水で冷ました体を求める、あたたかな手。きっと体温が移ってすぐに汗ばみ始めるだろう。手と手の間がぐっしょり濡れて気持ち悪くなる。そうなっても、離してなんかやらない。
大和さんの隣で、固く目を閉じる。
シャンプーは、起きてから替えよう。誰か戻ってくる前に、起きなくちゃ……。
結局替えられなかったシャンプーが気がかりで、うたた寝の間、シャンプーを替える夢を三回も見た。その全てでオレは大和さんと手を繋いでいて、夢の中でもその人の手を離さずいられたことに、やっぱり夢の中でにんまりと笑うのだった。

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