恋をしている
*
「うおー! 綺麗!」
「次俺スパーク!」
「スパーク? ってこれかな?」
「このでっかいの、ナギやる?」
「やります! イオリ、火をつけてください!」
「はいはい。二階堂さんと逢坂さんも持ってください。いつまでも花火の仕分け人をしていては、撮れ高が上がりませんよ」
「はいよ。じゃソウはこれやりなさい。ミツとタマも新しいのいるかー?」
「言ったそばから……」
「イチはこれ。でっかいの、まだあるから」
「……ありがとうございます」
床に大きく広げたビニールの包装に、まばらに散った花火の束を、大和さんと壮五が取り分けてくれる。一足先に花火に火をつけて遊んでいたオレと環も、バケツに貯めた水に燃え尽きた花火をさして、新しい花火を受け取った。
新曲のPVの撮影のためとはいえ、みんなで花火ができるのはうれしい。ナギと環はもちろん、一織や壮五、大和さんも、はしゃいでいるように見えた。
マスクをして映る訳にもいかない、喘息持ちの陸は花火をしているかのように手元のアップと顔のアップだけを映して、七人の遠景は合成するらしい。一人分空けて輪になることは、不自然かもしれないけど、オレたちには自然なことだった。
「みなさん、一旦休憩どうぞ!」
カメラのチェックのために、一旦撮影が止まる。その間も花火を灯していていいと言われ、新たな自分の分を手に大和さんの所へ向かった。大和さんは花火を灯しつつ、スマホでオレたちを撮っていたらしい。
「大和さん、火! 分けて!」
「ほいよ」
「ありがと!」
大和さんの手元の花火に花火を寄せて、花火に火を分けてもらう。じゅうう、と大きな音を立て、火花を放ち始めた花火を持ったまま、その人の隣に立った。手を離す時、指がその人の手の甲に触れ、その手の熱も移った気がした。
「写真、陸に送んの?」
「まあな。あとはTRIGGERに。ほら、九条がまたイチやマネージャーにラビチャするだろ、こういうMV出たら」
「ああ、陸は居ないって教えてやんないとな。優しいじゃん」
「べつに、そんなこともないでしょ」
花火の焦げる、火薬の匂い。鼻につく白煙をまとって、大和さんが視線を投げてくる。
煙を風が散らすまで、その人が、煙と一緒に消えてしまいそうに見えた。自分より無骨な手をして花火を提げる年上の男を捕まえて、こんなふうに思うのは、馬鹿馬鹿しいかもしれないけど。やさしさを人に分け与えることをためらわない、何気なく人に尽くしてしまう人。メンバーが虐げられでもしたら真っ先にカッとなって噛みつく癖に、オレたちのことを好きなんだろと言われれば、ひょうひょうとかわすようなことを言う。もっと、自分は愛することが上手だって、自信をもってほしい。
花火の火は儚い。すぐにあたりは暗くなる。壮五たちは少し離れたところで、ねずみ花火に火をともしている。ばちばちと激しく足元で瞬く花火から、浴衣姿の壮五やナギが逃れようとして、環が愉快そうに笑うのが、遠くに見えた。大和さんが目を細めて嬉しそうにそれを見つめているのが、隣を見なくてもわかる。
「なあ」
居てもたってもいられず、その手に、指を絡ませる。
「おい」
「誰も見てないよ」
咎める声に、声を潜めて、大和さんの横顔を見上げる。大和さんはぱちりと大きく目を開いて、不服そうに唇を尖らせた。しゃがんで見上げた頬がほんのり赤く染まって、もし誰かが見ていたらすぐにバレてしまうだろうと思った。
オレたちが付き合っていること。大和さんが、オレを大好きなこと。
「大和さん」
名前を呼んだだけなのに、じゅんと胸が潤うような、どうしようもなく叫び出したいような、手の中の手を引き寄せて思い切り抱きしめたいような気持ちに駆られる。
大和さんはオレの顔を見下ろすなり、気まずげに呟いた。手を揺らして、オレの手を逃れようとする。
「その顔、やめろよ」
「その顔って」
「俺のこと……、好きって顔」
「無理だって。……好きなんだよ」
暗がりの中、肩までむき出しにした腕は、この前のロケの名残で、少しだけその下の体と違う色をしている。この浴衣をぬがせたら、意外と分かりやすく色が違ってて……。
「わーー!!」
「うわっ、びびった、何!?」
「環?、ナギ?! オレも混ぜろ?!」
叫んで、遠くでじゅっと明るくなった光の球めがけて駆け出す。繋いだ大和さんの手が離れないように強く握って。大和さんが、ぐんとオレに引かれてつんのめり、どうにか立ち上がって着いてきた。
「ミツキ、ヤマト、何本点火しますか?」
「オレ八本! 指の間に全部持つ!」
「オタ芸対決しましょう!」
「望むところだ!」
「危ないことするんじゃないよ。お兄さんは向こうで写真撮ってるから」
「あ、なあ、ならさ。これで、アスファルトに字書こうぜ」
「俺、りっくん描く」
「絵? なら僕は王様プリンさんを描こうかな」
「召喚の儀式みたいですね」
「いおりん、ウケる」
賑わいの間に手は離れた。それでもぼんやりと手元から照らし出された影は幾重にもつながっていた。大和さんだけじゃない、六人分の手が、六人よりずっと多くの手の影になって繋がる。きっと、ここまでオレたちを支えてきた人たちの数だ、と思うのは、センチメンタルすぎるかな。
地面に書いた、IDOLiSH7、の字の横に、環が陸の顔を描く間、大和さんは嬉しそうに目元をゆるめていた。
撮影が再開され、わいわいと賑やかに、光が絶えないように、つぎつぎに手花火をともす。夜がじんわり染みてくるのを逃げるように。この胸の醒めない熱が、この時間を永遠にしてくれるように。
暗がりを避けて、六人で寄り集まって、線香花火を垂らす時には、一番長く灯せた人の動画を陸に送るのだとまたはしゃいだ。
細く縁られた紙糸の先、火の塊がぽつりと大きくなって、ふっと地面に落ちきったとき。
立ち上がりたくなくて、六人、頭を寄せあったまま、じっとしていた。
壮五が動画を送って、通話を繋いだ陸が、楽しかった? と明るい声で訊くのに、一番に答えたのは、一織だった。
「楽しかったですよ」
「楽しかった!」
「楽しかったです!」
「楽しかったよ」
「楽しかったな」
幸運を共にできたことを誇らしげに告げる、五人の、楽しかった、が順番に、電波の向こうに届く。寮の、七人で過ごすリビングで、陸がうんうんと嬉しそうに相槌を打った。オレは両腕を突き上げて、目の表面にじんわりと巡る、光を揺らす水面を、瞼の下に隠した。
「楽しかったー!! 片付けてすぐ帰るからな! 陸、晩メシ期待してろよ!」
「痛えな、急に手振り上げるからぶつかったでしょ」
「悪い悪い」
答える目尻に涙が光っていたのだろう、大和さんがくしゃりと笑って、オレの脇腹を小突いた。それからなんでもなかったように背中を向けて、壮五の手の中のスマホを覗きこむ。
陸との通話は一織たちに任せて、オレはマネージャーの所へ走った。泣きそうになっていた顔は、メンバーには見せたくない。マネージャーのところに着く頃には、涙も乾いていた。
「マネージャー! この後って、七人でメシ食っていいよな?」
「すみません、大和さんとナギさんはインタビューのお仕事です。大和さんは終わり次第でドラマの撮影が続いて、壮五さんも、このあとラジオの収録が……」
「あー、そっか……分かった! なら、みんなが帰ってきた時テンション上がるようなメシ作っとくよ。マネージャーも仕事終わったら、一緒においでよ。大神さんや社長も誘ってさ」
「いいんですか?」
「うん!」
「三月さんのお料理、楽しみです! すごく頑張れます! あっ、でも、たぶん夜遅いので……」
「分かった分かった、カロリー控えめな? 鶏肉と蒸し野菜中心で、点心でもしよっか。色々ディップできるソース作るから、食いたい分だけ食える感じで」
「すごく美味しそうです……!」
ぱっと華やかに笑うマネージャーに、オレも嬉しくなって、おう! と応じた。そこに、後ろからにゅっと腕が伸びてきて、オレの肩に載る。いつも載せられる腕の重みに、口角が緩んだ。
「うお、大和さん」
「マネージャー、寮に来んの? リクが喜びそうだな」
「ナギも喜ぶぜ。一織に、今日は説教すんなって言っとかないと」
「お説教じゃないですよ! 一織さん、すごく勉強されているので、私もいつもためになることばかり教えていただいて……」
「あいつ言い方きついんだもん。嫌な思いしたらすぐ言えよ? 兄貴としてばしっと言ってやるから」
「そんな、本当にそんなことないんですよ。でも、ありがとうございます」
マネージャーが頭を下げると、レース地のシフォンの袖に長い髪がかかった。綺麗に手を揃えてお辞儀して、大きな目を瞬いてオレたちを見る。
「マネージャーは、このあとお兄さん達の仕事についてきてくれんの?」
「はい。元々は大和さんだけにお声がけくださったところを、営業をかけてナギさんも呼んでいただいたので、お礼が言えればと思って」
「はー、どんどん立派になっちゃって。俺たちの紡チャンが」
「大和さん、それセクハラ」
「え、マジか。ごめん」
「いえ、そんな! むしろ私の方が、私のIDOLiSH7だと思っていますから!」
「あはは……マネージャーがそう言ってくれんの、オレ好きなんだよな。信じてもらえてんだって思うと嬉しい」
「もちろんです! 私が一番みなさんを大好きだって、これだけはファンの皆さんにも譲れません!」
「はは、頼もしいな……そんじゃミツ、お兄さんはナギとマネージャーとお仕事だから」
「はいはい。じゃ、マネージャーも無理すんなよ! 疲れの取れる飯作って待ってるから」
「はい!」
大和さんが組んできた腕を逃れて、ひらひらと手を振ってその場を後にする。
久しぶりに集まれる、浮かれた気持ちをこのまま続けていたい。夏だと言うのに辺りが暗いほどの時間、もう夕食というよりも夜食の時間になりそうだけど、早く帰って料理を作ろう。大好きな人達に食わせてやって、笑って、寝て起きる。それだけで明日も頑張れる。
オレは本当に幸せ者だ。
さっきまで大和さんの手が乗っていた肩を軽く揉んで、腕を回す。
「よーし!」
叫ぶと、ナギが嬉しそうな顔をしてこちらを向いた。
オレたちとの食事を誰より楽しみにしてくれているこいつにも、今日の予定を教えてやらなくちゃな。
自然と顔がほころぶ。じりじりと蝉が鳴くほど暑い夜を、楽しみな夕食の予定で、吹っ飛ばしてやりたい。蝉がばちばちと音を立てて飛び去り、ナギが驚いた顔をした。ナギがその虫を悪魔と呼ばわった時を思い出して笑うと、環や一織も同じことを思い出したのか、ちょっと苦い顔で笑っていた。
本当に、幸せだ。
次々と押し寄せてくる幸せの上で、幸せの帆を張って、幸せの風を受けて、幸せへと進んでいく船の上にいるみたいな気持ち。あるいは車でも飛行機でもいい。波に射す日差しの眩しささえ、宝物だ。そこに、その人がいてくれるから。
大好きな人たちと、大好きな人と、大好きな時間。
手に入らないかもしれなかったものが、今確かに、この手の中にある。