恋をしている

「今日、後ろからとかにしよっか。前からすんの、脚開くからきついだろ」
「ん……いや、いいよ」
「いいの?」
「うん。ミツが……」
言いかけて、何も言えなくなる。ベッドの上に俺を縫い止め、必死に腰を叩きつける、ミツを見上げるのが好きだ。
ミツが両腕の間に俺を閉じ込めて、力強く腰を打ち付けてくる呼吸。必死な額に浮かぶ汗。
それらすべてを言葉にするのは、言うと入ったものの、やっぱり恥ずかしかった。
「いい、とか、訊かなくていいから」
「え?」
「ミツがすることが、嫌なわけない」
代わりに口をついて出たのは、もどかしさだった。
言いきれないことをわかっていて言葉を繋げていくことがはがゆくて、却って何も言えなくなる。
ただ、すぐにでも抱いて欲しいと思った。
「ミツ……」
名前を呼ぶ声の熱っぽさに、自分の目じりが熱くなる。
俺が買えずにいたローションを、ミツが用意していたみたいに。
話していないだけで、本当は思っていることが、きっといくつもある。
体を繋げればその全てが伝わる、と思っているわけではないけど。すぐにでも欲しかった。ミツが。
ミツでいっぱいにしてほしい。
ミツしかいらない。
「そんな顔、されたら、我慢できなくなる……」
「我慢しないでよ」
強引に顔を寄せ、唇を吸った。薄く開いたミツの唇から割り込んできた舌を、甘く捉えて擦り合わせる。
「ん、はぁ、……っや、まとさ、……んん」
熱くぬめる舌に舐めしゃぶられて、脳みそが焼け切れそうになっているときの、ミツの苦しげなあえぎ。
「みぅ、……ん、んむ……」
ミツの指が俺の後ろに入ってくる。ぞるりと内側を撫でる指の感触が気持ち悪い。気持ち悪いはずなのに。
待ちわびた、ミツに抱きとめられる心地良さがその奥にあることを、体はもう覚えている。
ぞくぞくと背筋に何かが走った。背骨を光が這うような異物感に、背中をよじる。
自然と涙が零れた。
「はぁっ、や、は、ぁ」
「大和さん、どうした? 大丈夫だから、泣かなくていいから」
「勝手に、出、ぅう」
「うん、大丈夫、大丈夫だよ」
ミツの腕がぎゅうと俺を引き寄せる。汗だくの体にぺとりと張り付く肌が生々しくて、首を振る。でも離れないでほしくて、その背中に両手を回して、抱きしめ返した。
「もっと強く抱き着いてよ」
 ミツの声が、首の後ろで響く。言われるがままに腕の力を強めた。ミツの肩口に吸い付く。やわらかな筋肉が唇を押し返した。何度もキスをして、抱きつく。
「ああ、もう……」
ミツの、なにか怒ったような声に、半ば叫ぶようにして告げた。
「挿れて」
 ミツが驚いて息を呑むのが聞こえた。
「もっと俺を欲しがって」
 ミツにほぐされ、繋がる準備をしているそこが、ミツの指を締め付ける。
「全部注いで」
 全ての欲望を叩きつけるみたいに、ミツの股間に手を伸ばして、揺する。ミツは、ばか、と短く囁いて、ベッドに預けた俺の腰をつかんだ。
 大きな、熱く滾ったものが、俺の中に割り入ってくる。
「ミツ」
肉体がばらけていくような不安が、その欠片のすべてをミツに包み込まれている幸福感に変わる。
このまま消えたい。
泣きながら名前を呼んだ。
「大和さん」
離さない、みたいな声でミツが俺を呼び返し、強く腰を掴んだ。指のあとがついてしまうのではないかと思うほど。不思議と痛くはなかった。それよりも、すぐさま体を貫いた撃ち抜かれるような衝撃に、眉が寄る。
その衝撃はじんじんと、夏の樹が枝葉を広げていくように、冬の雪が降り積もってすべてを覆い隠すように、白く、激しく、指の先までの神経を震わせた。
熱い、と思って霞む目をどうにか開ける。燃えそうに熱い場所が、深く、一つに繋がっていた。
ミツが、俺の中にいる。
「あぁ、あ」
細く、か細く開いた喉から、ひとすじの声が出ていく。一条のその連なりを、ミツは柔らかな指でこじ開けて、太く紡ぐ。
「っあ、あ! ああ」
「大丈夫だから、声、ちゃんと出して」
大丈夫。
言い聞かせるミツの声音は、腰の熱が信じられないほど優しくて、生まれた戸惑いが霧散していく。代わりに、腰の奥が、今すぐ打ち付けてほしくてうずいた。でも離れないでそのままそこにいてほしい。もどかしく甘い疼きに腰が揺れる。
「よかった、萎えてない……」
 ミツの手が俺の前を包んで上下にしごいた。まだ芯を持っていたそこを、ミツがゆっくりと触るせいで、後ろが締まる。中のものが一層太く熱く感じて、逃げるように腰を浮かせた。ミツがそれを追いかけて、さらに深く押し込んでくる。
「や、っ、い、ぅう」
「いいところ?」
 覆いかぶさって問いかけてくるミツに、こくこくと頷き返す。きつく中を圧迫する肉の塊を、ミツが前後させ始めた。
「はぁっ、ああ! あッ………っ、……っあ、あぁ……」
揺さぶられながら放つ絶叫が、自分のものに思えない。水中で、水面の向こうの誰かの声を聞いているような、現実味のない幸福感。
それでも、空を掻けば、手のひらに同じ熱さの手のひらが合わさる。
「ミツ、なくなんないで、ずっといて、おねがい、大好き、ミツ」
「なくなんないよ。ずっといる」
「ほんと? 嫌いになんない? 俺、欲しがってばっか」
「あんたは欲張るくらいでちょうどいいよ。なくなったら足せばいいんだから」
絡んだ指にしがみついて腰を揺らす。次から次へ寄せる快感に、自分が泣き出していることも、もうどうでもよくなった。
「ぁ、くッ……大和さん、激しい……ッ」
「は、はぁ、ミツ、ミツ」
「うん、居るよ、居るから、大丈夫、だから」
「も、ダメ、でる、でる、ミツ、触って」
「うん、ッ、いいよ、どこ触ったらいい?」
「全部……!」
「どこだよ……ッ!」
夢中でねだると、ミツの腰の動きが苛立ったように早まる。繋いだままの手のひらの間に、ミツが俺のものを握り込む。ミツのものが俺の中を擦りあげる動きに合わせて、ミツの手が上下した。
「いぐッ、う、う! ぁあ!いく、いぐ、ミツ」
「イッて、大和さん、大和さん」
「い! イぐッ!」
ぢゅばぢゅばとはげしい水音が、ミツの手から立っているのか、自分の中を泡立てる結合部から立っているのか分からなかった。大きすぎる快感の中、強く腰を震わせて、溜まったものを吐き出す。腰がはねて、ミツのものが抜けてしまった。
「やァっ! 抜かないで……」
喪失感に、必死で叫んだ言葉が何を意味するのかも分からない。
「あんた、ほんと……!」
身を委ねてたゆたっていたいような、もがいて暴れだしたいような、甘い苦しさ。何かに埋められたがって開いた口に、ミツの舌が滑り込んでくる。
「んッ、ふ、ぅ……んぅ、は……」
分厚い舌の腹が互いに擦り合う。とろりと瞼が下がって来て、細い視界も涙でにじんだ。
「……抜かないで」
 ミツの手も俺の手も、合わせた手のひらの間に吐き出した俺の精液で、ぐっしょりと汚れている。それでも足りなかった。ミツに愛されている実感がほしかった。ひたむきに抱いてほしかった。
もう一度ねだると、ミツが悔しげに眉を寄せ、俺の体を引っ張り起こした。胡坐をかいたミツの上に座るような形で、ミツの太いものを挿し込まれる。力の抜けた、絶頂の後の体では、重力に抗うことも出来ない。抗うつもりもなかったから、すぐに一番奥深くまで、繋がった。
「はぁ、あ、ミツ……」
腰を揺すられ、そのたびに、こぼれるように声が出た。
「あ、あ、あ、あ、んく……っあ、あ!」
つばを飲み込む瞬間さえも、ミツのはげしい腰の動きは止まらない。喉がめくれて飛び出してきそうなくらいに、胸の底の疼きが、逃げ場をなくして次々と喉を滑った。
ミツの手が、俺の陰茎を激しく擦る。腰を揺すり上げながら、ミツは俺の鎖骨にも吸い付いて、体のすべてで俺を愛そうとしていた。
ついさっきはじけたばかりの、白く大きな眩しい何かがふくらんで、ふくらんで、頭の奥の、快楽の向こうで、今にも弾けそうに震えている。胸を撫でる甘い痺れも、体の内側を抉られる圧迫感も、欲望を引きずり出そうとミツの手に絞られる股間も。すべてに惑わされ、俺は喉を開いて泣くことしかできない。
「ううぅ! い、っう、ふ、う、ぅああ、ぁっ! ぁ、く」
夢みたいだ。もうずっと、このまま飛び上がれば羽ばたけそうな浮遊感の中にいる。
好きだと目を細めて、指先で俺の涙を拭い、頬を覆って、額を合わせる。ミツの仕草の全てが、俺を舞い上がらせる。
「ミツ、みっ、……、んんう、ミツ、ぅ」
「うん。大和さん、気持ちいい?」
「きもっ、ち、ぃミツ、ぁっ、あっ、ミツ、あっ」
「そろそろ、オレ、ッいきそ……、ッ、」
「おれもっ、俺もイッ、い、きた、ぁ、んぅー、う、ん、ん、ん、ん!」
 ミツが打ち付けるたびに、自分の身を抉るようにその楔に尻を押し付けた。絶頂の瞬間まで、共に体を揺すり合い、最後、果てるときには、きつく抱きしめ合った。
 ミツのものが大きく膨らんで、途切れ途切れに、俺の中へ精液を注いでくる、その感触さえ気持ちよくて、喉の奥が震えた。
「ぁ……あ……」
「は……気持ちよかった……」
 ミツが俺の体をどさりとベッドに預けてくれる。二回分の精液にぐっちょりと汚れたところも、ティッシュで丁寧に拭ってくれた。
「もう抜いていい? ……あ」
 いいかと訊かなくていいと言われたことを思い出したのか、ミツが目を細めて言い直した。汗のせいか、白い歯が光って見える。
「抜くぜ」
 根元のゴムを指先で引き寄せて、ゴムが中に残らないように、ミツが陰茎を引き抜く。ゆっくりしたその動作に、中の肉ごと引きずり出されそうで、また体が震えた。どうしようもない恥ずかしさにうつぶせになる。
 ゴムを捨ててちんこを清めるような物音の後で、ミツも俺の横に寝そべろうと、俺の体をぐいぐいと体で押してきた。少し避けて、空間を空けてやる。
「大和さん、すげえ気持ちよさそうだった」
「忘れて」
「忘れないよ。全部覚えてたいもん」
 肩に寄せられた頭が重い。甘えてくるミツの仕草に、胸がくすぐったくうずいた。こんな姿は、俺しか知らない。
「……俺も、覚えてたい、ミツとのこと。宝物みたいだって、思ってる」
 体の熱に浮かされたような気持ちのまま、普段は言えないことを言ってみる。ミツが、ぎゅっと俺の頭を抱き寄せて、頭の上で鼻を鳴らした。泣き出す前のようなしぐさに、笑ってしまう。
 涙もろいところも好きだ。俺までこの頃、泣いてばかりいんの、お前さんのせいかもな。
ミツの体が離れていって、窓を開けた。七月の夜の、まだ涼しい風が、汗ばんだ背中を撫でる。シーツに押しつけた胸も冷ましたいのに、寝返りを打つことすら出来ない。
「大和さん、ありがと」
 ふと告げられた感謝に、目を瞬く。
「そんなに気持ちよかった?」
「それもあるけど」
 あるのか。
 気恥ずかしさに、タオルケットをずりあげる。
 ミツはベッドに腰かけて、俺の頭に手を載せた。
「オレを好きになって、オレとつきあってくれてありがとう」
 ミツの声が、濡れたような声で。顔が見たいと思った。でも、いまミツを見たら、見せられない顔になってしまう気がする。
「オレと出会って、リーダーになってさ。柄じゃないとか言いながら、なんだかんだ甘くて、みんなに好かれて」
 ミツが、思い出を数えていく。
 俺の大好きなやさしい声で。
「あんたのこと、最初は子供扱いしてきてムカつくって思ったけど、すぐ良い奴だってわかったし、そう思ったのが嘘じゃなかったってわかる度に、あんたのことを好きになった」
 初めて会ったとき、ミツを最年少だと思った。元気であけすけでやかましくて、付き合いづらい奴なのかもしれない、とも思いながら、でも嫌いにはならないだろうと思った。そして、ミツを好きになった。
「いつからこういう、恋……みたいな気持ちになったのか覚えてないけど。あんたがかっこよかった時のこと、オレは、全部覚えてるよ」
 ミツの手が俺の頭を撫でおろす。
「すごかったもん、十六歳の教室。演技初めてなんて思えなかった。みんなバテるまで走った、夏のライブもさ。一年目のブラホワの前の円陣も。千葉さんに、昔の衣装、借りてきたのも」
 うなじの近くまで撫でては、また頭頂に戻って、ミツの手が繰り返し、俺の髪を撫でつける。
「ミューフェスの後とか、JIMA決まった日とか。人と衝突しちまいやすい一織も、あんたにはすぐ打ち解けてたし」
 ミツが弟を呼ぶときの、自分のものを呼ぶ、ゆるぎない声。
「壮五には頼れとか言うくせに自分は頼れなくて抱え込んで、オレらのために悩んでるあんたも見た」
 ミツが誰かを気遣う穏やかな声。
「ナギのこと出歯亀とか言ったの、すげえむかついたけど、本心じゃなかっただろ」
 からかうように吐息を含む、あたたかい声。
「陸が倒れたら一番に支えるくせに、お見舞いは最後になるまで行けないところとか」
 困ったな、と眉を寄せている時の、ため息交じりの、でもそれが嬉しいって声。
「環のプリン食っちまうのも、環にかまって欲しいんだろうなと思えばかわいいし」
 愛しいものを数えるときの、弾んだ声。
「あんたの全部は知らないけど、オレはあんたがオレに見せてくれる全部がうれしいんだ」
 ミツの手が止まる。
「アイドルになる前、……もしかしたら、アイドルになってからも、つらかったのかもしれないけど」
 ミツは、俺の頭に手を載せたままで、少しだけ声を大きくした。ベッドが軋む。ミツが、隣に寝そべってきたのがわかった。
「見てたよ。あんたが、ここまで、がんばってきたこと。隣でずっと」
 ミツの手が、俺の手に触れる。
「一緒に、ここまで来てくれて。ありがとう」
 手のひらを広げて、その手を受け止めたいのに、手が震えてうまくいかない。ゆっくりと開いた手に、ミツの指先がすべりこんできた。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
頭の奥が熱い。心は頭の奥にあるのかもしれない。胸が詰まって言葉は出ないのに、頭の奥から押し出される熱いものが、あとからあとから頬を伝う。いつの間にか片腕で抱き寄せられていた。
ミツの腕の中で、噎せながら泣く俺に、ミツは、ばかだなあ、と笑った。そんな泣いたら明日喉かれるぜ、と余裕ぶって頭を撫でてきたくせに、結局はオレまで目から汗が、と言ってひいひい泣くから、俺も涙が止まらなくなって、そのままいつ眠りに落ちたのか、覚えていない。

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