恋をしている
エピローグ
「んー……」
「何やってんだよ。人の髪の毛引っ張って」
「痛い?」
「痛くはないけど」
昼までの仕事を終え、リビングに現れた大和が、珍しくテーブルに寄ってきた。いつもならソファか冷蔵庫のビールに一直線なのに。夕方からの仕事に備えテーブルで進行表を見ている三月の髪を、何やら指で弄んでくる。
「三つ編み?」
「うん」
大和の手がすいすいと三月の髪を編んでいくのを、三月は見ることは出来ない。スマートフォンを起動して、内カメラに顔をうつした。大和の気分の良さそうな表情も、頭の後ろに写る。
「あんた、意外と器用だよなあ」
「意外じゃないでしょ。繊細って言ったじゃん」
「繊細なやつは利き酒のコップその辺にぽんぽん転がさねえの」
「繊細と几帳面は違うんじゃね?」
大和は、話しながら三月の後ろ髪に三つ編みを作って、いつも洗顔のとき大和が髪をまとめているゴムでまとめた。もう一本作ろうとした手を手で軽くはたいて、三月は大和に向き直る。
「あんたもやってやる」
「えー」
「やられっ放しは性に合わないんだよ」
三月が立ち上がり、正面から大和の髪を結ぶ。大和の頭を抱き込むように、体をちかづけた。大和はくすぐったそうにほほえんで俯く。
ふと、鼻を鳴らして、三月を見上げた。
「やきいもの匂いする」
「は? 焼いてねえよ」
「えー? なんだこれ。めんつゆ?」
「めんつゆとやきいも違うだろ……ってか、普通に柔軟剤とかシャンプーの匂いとかしてて欲しい、アイドルだし」
「柔軟剤の匂いもするけど、シャンプーはどうせ同じやつだし、わかんねえな……」
大和のこめかみを伸びる横髪を器用に編んでいると、パタパタと駆けてくる足音。開け放たれたドアに、金髪の美しい青年が姿を現した。
「ミツキ! ヤマト! 何をしているんですか!」
「ナギおかえりー」
「アイムホーム! ワタシのいない間になにやら楽しそうなお揃いをしていますね」
二人と同じユニットのナギ。少し前には、家の事情でグループを離れて祖国に帰ってしまったが、今は共にいられる時間はいつも一緒にいようとする。北欧の小国の王子様であるナギは、三月の隣の席に腰を下ろす姿も優美だ。
「楽しそうか?」
「ワタシにもしてください!」
「いいけど……そんな羨ましがるようなもんか? 三つ編みなんか」
「No problem。ワタシのような美しい男は何をしても似合います」
「はいはい、美しくないオレらは面白いだけだよな」
「ミツキは美しいですよ。ヤマトも」
ナギが嬉しそうに身を乗り出して告げる。
「二人が愛し合い、互いに求め合うことを、ワタシも嬉しく思っていますよ」
その意味は、二人にも正しく分かった。
「……ナギ、知ってたのか。いつからだ?」
「Julyに入ったころですよ。ミツキとヤマトの交際には、ほかのメンバーも気づいています。二人が言うまでは触れないと、三人は言いましたが。ワタシは二人のユニットのメンバーです。聞く権利はあるでしょう」
「みんな知ってんのかあ?……」
「ミツキ、ヤマトがだらけているとき、嬉しそうに世話を焼くようになりました」
「え? そう?」
「え、ミツ自覚なかったの」
「ヤマト、スマートフォンのパスワード、ミツキの誕生日です」
「えっ、マジで」
「ナギ、なんでそんなこと知ってんの」
「ワタシはなんでもお見通しなのですよ」
他にもあります、と言い募ろうとするナギを手で制し、三月は眉を下げた。
「ナギ、でも、ちゃんと言うつもりだったんだ。言うのが遅くなって、ごめん」
「ソウたちには、後でちゃんと言うから」
「では今日、帰ってきたら玄関で伝えましょう。ヤマトの隠し事、明かすのは早い方がいいです」
「よっしゃ! 任せとけ!」
大和の髪を結び終えた三月が、ぐっと拳を作ってナギを振り向く。ナギの作った拳に拳を合わせる三月を見て、大和がため息をついた。
「ミツ覚悟決まんの早くない?」
「こういうのはぱっと言ってぱっとわかってもらった方が後で面倒なことになんねえんだって」
「後で面倒な打ち明け話大会して悪かったな」
「本当です」
「ナギも反省してんのか? あんな風に出ていったこと」
「Yes。追いかけてきてくれるとは、思いませんでした」
「追いかけるよ。メンバーなんだから」
「ミツキ。ワタシたちも、同じ気持ちですよ」
少し目をうるませながら、三月は頷いた。大和も仕方なさそうに微笑んで、結ばれたばかりの三つ編みを撫でる。
「ナギ、オレの手料理でランチしたいって言ってただろ」
「イエス! ミツキとヤマトと過ごす時間、ミツキの料理、これ以上の幸せを探すには、ワタシの部屋のBlu-RayBOXコーナーを端から端まで見返さなければなりません」
「へえ。俺ら、ここなちゃんとも張り合えるんだ?」
「ヤマトが臍を曲げてミツキと掴み合わなければ」
「悪かったって……」
大和が立ち上がって、ナギの背に回る。ナギは伸びた背筋をさらに伸ばして、大和の手に髪を押し付けた。大和はナギの髪をひと束取り、より分けて編み始める。
「ワタシに寂しい思いをさせた罪は重いです」
「ここがノースメイアじゃなくて良かったよ」
「オレ達だって寂しかったんだからな。セトさんとナギが仲良くしてんのは嬉しいけど、オレらに何も言わないで帰るのは、もうナシだからな」
「Sorry……もうしません」
「おう!」
「ミツ、やっぱ大事な宝物は、しまっといた方がいいのかもな」
「何の話です?」
「オレたちが、ナギを大好きだって話!」
大和の手が、器用にナギの短い髪をピンで留め、編み込むかたちの三つ編みを完成させた。ナギもまた、大和のもみあげに提がった片側だけの三つ編みを見て、反対側のもみ上げを編もうと手を伸ばす。
三月は頬杖をついてそれを見ていた。
「あんまり愉快な髪型にしないで欲しいんだけど……」
「ドラマの撮影ある時のあんた、割と怖い顔してるから、髪型が愉快なくらいがちょうどいいだろ! ナギ、昼メシ何がいい?」
「ミツキシェフのオススメにしてください」
「はは、わかった。チリソースとパクチーでエスニック冷やし中華な」
「ソウが喜びそうだな」
「陸と環と一織のは甘口。大和さん、髪終わったら、野菜切るの手伝って。ナギは皿出して」
キッチンへ歩みながら指示を伝える三月に、ナギは大和の髪を指で梳きながら微笑んだ。
「イエス、マイフレンド」
「大事な王子様顎で使うの、ミツくらいのもんだよな」
「ヤマト、動かないでください」
「はいはい。お兄さんは動くなって言われたら動かないでいられる男なんで、動きませんよ」
「その件についてはジョルジュがミツキにじっくりと指導します」
「え、オレなんかされんの」
「銃口向けられてんのに飛び出しただろうが。その説教だよ」
「二度はないと思ってください」
ノースメイアにナギを迎えに行った時の悶着を話題にされて、三月はさっと後ろを向いて冷蔵庫を開く。中華麺やら調味料やら、必要なものを手に取りながら、どうやら背中を睨まれているらしいと悟り、ため息をついた。
「あー、はは、ドラマのセリフっぽいな。なんか二人、一織みたい……」
「ドラマみたいな場面でありえないことしたのはお前さんだからな」
「イオリの心労を思うと胸が痛みます」
「イチもなんだかんだムキになってお前さんにCD渡してて、血筋感じたけど」
「ではイオリもジョルジュのお説教コースですね」
「あの時は悪かったって。一織もきっと反省してる……と思うから。多分」
「当たり前だ」
「当たり前です」
「兄弟して説教されんのとか、小学生以来かもなあ……」
ナギの太い指では、上手く三つ編みが編めないらしい。三月が野菜を洗いながら、苦笑してその手元を見つめる。
キッチンの窓に風が舞い込んで、カフェカーテンを揺らした。
さしてある二輪のガーベラが、緑の茎をそよがせて、黄色とオレンジの花弁を風にゆだねていた。
寄り添う花々を風が撫でる。二人の恋と、七人の形は、きっと変わらず続いていくだろう。