HONEY×DARLING
◼️とある打ち明け話の顛末
「今日の大和さん、三月の匂いがする!」
無邪気な一言で、空気が凍りつく。
もっとも、凍りついたのは俺とミツの二人だけだろうが。
「お、オレの匂いってどんな感じなんだ〜?」
おーいミツ。声震えてますよ……。
と思いつつ、ミツの気持ちが痛いほどわかる俺は、目立たないようにメガネをぐっと持ち上げた。
俺とミツは、メンバーに内緒で付き合っている。ひとつ屋根の下で同居しながら付き合っているなんて、情操教育に良くない、せめて高校生のメンバーが居なくなってからにしよう、と言い出したのはミツからで、俺も同意した。
いずれ、明かすつもりだったのだ。
それを乱す、無邪気なリクの一言。
……付き合ってるの、バレた?
まあ、昨夜はつい盛り上がって、そのままミツのベッドで寝落ちたけど……。メンバーの寝泊まりする寮で当たり前のように同衾するなという指摘は、甘んじて受けますが……。
「三月は、食べ物の匂い! いつもいい匂いがする!」
「そっかあ、はは、大和さんつまみ食いした?」
俺に投げんな!
持て余した、パス。そんな視線を受け取って、冷や汗を笑顔に隠す。
「今朝、ミツと一緒に弁当作ったからな。その匂いだろ」
「そっか! いいなあ、一織と環のお弁当、一織に写真見せてもらったけど、いつもすごくおいしそうで……」
「陸にも作ってやろうか。二人分も三人分もそんな変わんねえし。な、大和さん」
「いいよ。オムライス弁当作ってやるよ」
ミツの口数の多さに、バレるぞ〜と背中でミツの背をつつく。ミツはあははと口を開けて白々しく笑っているが、リクは気が付かないようだ。
……助かった……。
と、ひそかに息をついたのも束の間。
涼やかな声が割り込んだ。
「夜中に二人でシャワー浴びてましたもんね」
弟の闖入に、ミツの笑顔が「ギッ」と軋むような音を立てて止まった。実際には、ミツが舌を噛んでしゃがみ込んだだけだったが。
「い、イチ、夢でも見たんじゃないか?」
「いえ、通りかかったら物音がしたので。あまり深く掘り下げたくなくてそのまま寝ましたが。おおかた二人で……」
「イチ‼︎ かわいいアイス買ってやるからお兄さんとおでかけしよう‼︎」
「え?」
珍しく朝から面倒なやつが覚醒していた。いつもは低血圧でボーッとしてるくせに……。
慌ててイチの肩を掴んでリビングから連れ出すと、不機嫌そうに眉をしかめられる。かまうもんか、あんなところでバラされる訳には行かない。
どうにか黙ってるように説得しないと……。
どうにか……。
「イチ……。大好きなお兄ちゃんを取ろうなんて考えてないんだ。まあ、あいつとは一生……その、真剣に付き合っていきたいと思ってるけど、家族くらいの深い仲になれるかどうかはミツ次第っていうか。だからその、お兄さんにも優しくして欲しいなって……」
まずい。本音が出た。
「はあ……」
イチの、呆れとも諦めともつかない嘆息。
もう腹を括るしかないのか──そう思った時、イチは小首を傾げて、言った。とんでもない一言を。
「これだけ一緒にいれば、もう家族のようなものじゃないですか? 七瀬さんや六弥さんだってそう思っていそうですが」
七瀬さんや、六弥さんも。
家族だと思っている。
……ってことは。
「あいつらも知ってんの⁉︎」
「? 四葉さんや逢坂さんだって、ただの相方と言うには親密でしょう」
さらに続いた二人の名前は、ただの相方にしては親密、ということは……。
「待っ…あいつらもなのか⁉︎ 確かに妙に世話焼くなと思ってたけど……」
待て待て、ついていけてない。
俺とミツの関係を全員知ってて? さらにタマとソウもデキてる?
混乱する俺をよそに、イチは少し焦ったように言い募った。
「また、今度は何を思い詰めているのか知りませんが。私だって、二階堂さんとは真剣に、それこそ一生の関係になるつもりでいますから。あなたはどうなんです?」
一生の関係。
決定的な言葉で、決意を問われる。
本気なんだ。イチは、濁し続けた俺に怒っている。それでも、ミツを託せる男かどうか、見極めようと……。
「……っ、真剣だよ……。真剣に、イチの兄ちゃんになれればいいと思ってる……」
「兄は二人もいりませんが。それなら、安心しました。……六弥さんたちにも言って差しあげてください。喜びますよ」
「そう、だよな。ちゃんと、打ち明けないと……」
イチに啖呵を切った手前、もう引き返すことは出来ない。
……ミツに言おう。
俺たちの関係がバレている、もう、明かした方がいい、と……。
*
「……ミツ……。あのさ、俺らが付き合ってんの、全員知ってるらしい……」
夕方。仕事を終えて帰ってすぐ。状況を伝えると、ミツは目を丸くして驚いた。
「マジか⁉︎」
「ちゃんと言えってイチにせっつかれた……」
「マジか……」
「あとソウとタマも付き合ってるらしい」
「マジか⁉︎⁉︎ あー、二人が言い出しづらくさせちまったかな。これは、夕飯のときにでもちゃんと全員に言うしかないな……。大和さんもいい?」
「ああ……」
第何回だか知れない、打ち明け話会。ミツと俺は、密かにその開催を決めたのだった。
*
「……みんなに大事な話がある」
切り出すと、全員が緊張の視線を向ける。
言い出しづらい空気に、視線が泳ぐ。
「気づかれてから言うつもりじゃなかったんだけど……」
言い淀むと、ミツが眉を下げて箸を置いた。
「オレから言うよ。深刻な話じゃないんだけど、ちゃんと言うのが遅くなってごめんな」
小さな咳払いの後。
ミツが、凛と背筋を正す。
「……オレと大和さん、付き合ってるんだ」
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