HONEY×DARLING
■コンビニエンス・べろべろ・カップル
ガッチリつないだ手。腕を組んで頬ずり。外気の冷たさに赤らんだだけではなさそうな、あきらかに酔った赤い顔。
コンビニ夜勤店員の天敵。
酔いどれバカップルが来た。
「あーさむさむ……みつ〜、なんかあったかいの買って〜」
「さっきまで暑い暑い言ってただろ」
「タクシー降りたら冷えたー」
「もー……くっついてりゃあったかいだろ」
「ほんとだ。天才かよ」
「あはは! だろぉー、あっ大和さん、ななちき買って」
「いいよお〜、財布とって」
「尻突き出すなよぉ、あっ、フランクフルトある、フランクフルトも買っていい?」
「俺のも〜」
「はーい」
バカップルが来た。と思ったら、和泉三月と二階堂大和だった。
コンビニ夜勤、家族経営でギリギリやっているうちみたいなコンビニの日常といえば、近所の工務店の作業着のおっちゃんのお得意のタバコの銘柄を覚えて、腰の曲がったおばあちゃんから代わり映えのしない弁当に文句を言われ、バイトの募集の面接はすっぽかされ、そういうどうでもいい毎日の連続。
だったのに。
芸能人が来た。
しかも、べろんべろんに酔っ払って。
「こらぁ〜、やまとさん、そんなくっついたら財布取れないだろお〜」
「くっついてんのミツじゃん」
「あれえ? そお?」
二人ともくっついてますよ。
両手とも繋ぎ合ってるから財布が取れないんじゃないですかね……。
二階堂大和。男の俺でも知ってる、サスペンスドラマの期待の新星。かと思えばまさかのアイドルで、主演ドラマの主題歌はうちのコンビニでも何度も流れた。
「うははは、やまとさん、財布ん中なんも入ってないじゃん」
「カード入ってる、カード」
「免許証と保険証とカードしかねえじゃんかぁ、診察券とか持ち歩かねえの」
「重いじゃん」
「こんなぺらぺらなの重くないって」
「おもい〜」
そりゃ、和泉三月さんが背中にのしかかってるからじゃないですかね……。
和泉三月。土曜七時といえばミスター下岡ちゃんのバラエティ番組、と相場の決まっているうちでは、この前の下岡ちゃんのインフルエンザ休みは激震だった。
しかし、主役不在の番組を、この新進気鋭のアイドルグループの最年少らしき少年が、それとなく仕切って回している……うちの母親は、やけにかわいい子が頑張ってるのねえ、と、和泉三月の親戚のように彼に入れあげてしまった。
そして俺まですっかり彼に詳しくなったのである。O型。一六五センチ。低身長と童顔から幼く見られがちだが二十一歳。同じグループ内に弟がいる、実家はケーキ屋。
今日、母さんシフトじゃなくて良かったな。こんなべろべろの好きなアイドル見たら、幻滅しそうだもんな……。
「飲みもん取ってくる」
「おー、水持ってきな、あと明日の朝コーヒー飲むなら買っといて」
「はいよー。みぅ、みちゅ、みつ? 飲む?」
「誰だよぉ、みちゅは飲みませえん」
「舌まわんないのよ、ホットドッグ買っといて」
「からあげクンだろー」
フランクフルトとななちきですよ。
きゃあきゃあとはしゃぐ酩酊状態の男二人と、レジに棒立ちの俺。何か起きようはずもなく、ただ、イチャイチャ……いや、イチャ……イチャァ……みたいなぬるっとした甘〜い空気が、コンビニ内を満たしていた。
正直。助けて欲しい。深夜に遭遇する酔いどれバカップルほど殺傷力の高い兵器はない。いや、カップルではないと思うけど、いや、カップルなんだよ、空気が。
「まあいいや。すいません」
「あ、はい」
ようやく、和泉三月が俺を呼び止める。
「フランクフルト二つと、ななちき一個ください」
あ、注文合ってる……。
真っ赤なほおで、眠そうに目を瞬きながら、和泉三月がホットスナックを指さす。うちの防犯カメラ映像、母親の家宝になりそうだな。葬式で流せって言われたらどうしよう。
「あとすいません、これも」
「あ! まだ飲むのかよ」
「ミツも飲むでしょ? ホテルで買ったら割高じゃん」
「飲むけどぉ。明日のロケどおすんだよ」
「高いウコン買ってあります」
飲むのかよ。つーか意外と金銭感覚庶民派なんだな。
缶ビール二本と水二本、器用に両手に掴んだ二人分の飲み物を、二階堂大和が差し出してくる。酔っているのに、どかどかとレジに置かず、静かな所作でものを置くあたり、優しい人なのだろうか。
とはいえ、和泉三月の背中を抱き込むように密着しながら出してくるのは、精神衛生に優しい人の所作ではない。こっちは独身実家暮らしでコンビニ夜勤の二十五歳だ。彼女なんていた事もなく、給料日の風俗通いしか楽しみがないんだ。
バカップル、いやバカップルではないのだろうが、いいやもうバカップルで。とにかく、深夜帯のバカップル見せつけテロはご遠慮願いたいのだが、二階堂大和は和泉三月の肩に顔を埋めてうりうりしている。和泉三月は気にしないふうで、ぽんぽんと二階堂大和の頭をたたいてあやしているが、いやあやすって何なんだ、いい歳した男同士だろ……。
つーか二階堂大和、そんな背高いのに、よくそんな大きくない相手の肩にダイブできるな。逆に首痛めるだろ。
「あ、袋一つお願いします」
「あっ、はい。ポイントカードはお持ちですか?」
「あります。えーっと」
「ミツ」
「ん」
二階堂大和の財布を返し、和泉三月がショルダーバッグを前に回してカードを探し始める。
取り出した財布は確かに二階堂大和のものより厚みがある。意外にしっかりした革の財布を使っていて、そうだ、大人だった、中高生じゃないんだった、と、見た目と持ち物のギャップに面食らいつつ、差し出されたカードを受け取る。
というか、よく見たら、さっきの二階堂大和の財布と同じ素材の財布だった。和泉三月が、ブランドロゴのないシンプルな財布を、ぱたんと折ってバッグにしまうのを、二階堂大和が見つめる。……何か、特別な思い入れでもあるみたいな、熱っぽい瞳に見えた。
いや、考えすぎだよな、酔っ払ってるからそういう顔つきしてるだけだよな……。
「お会計、カードでお願いします」
「はい」
いつも通りにクレカを受け取り、二階堂大和に手を持ち上げられた和泉三月が『成人ですか』のボタンをぽんと押すのを見届けて、俺はやはりこの二人はバカップルだと認定する。これまで遭遇したどのバカップルよりバカップルだ。
呆れながら、ホットスナックを紙袋に包んで、ビニール袋に突っ込んだ。
「ありがとうございましたー」
こうして、酔いどれバカップル(仮)の会計が終わる。
明日母さんになんて言おう。
母さんの好きなアイドル、すげえバカップルだったよ。母さんは倒れてしまうかもしれない。むしろ喜ぶか? そういうなんか、男同士があれこれしてるドラマ好きだったよな……。
下げた頭を上げると、和泉三月と二階堂大和が軽く会釈して去っていく。自動ドアが開き、寒空の下に出ていった二人の息が白い。
どうやら、帰る前にフランクフルトを食べることにしたらしい。行儀よく、コンビニの庇の下に立ち止まって、二人でひとつのビニール袋をのぞき込む。
フランクフルトをお互いの手に取り、食べさせ合うところまでを見届け、俺の推測は確信に変わった。
母さんには、二人の来店は秘密にしておこう。
フランクフルトをくわえた相手を見て、早く帰ろうぜ、と声を落として腕を組みなおした、あの色っぽい顔つきは、門外不出の秘密にしといてやろう。
何を想像したのかなんて想像したくないほど、二人の顔つきが、それを物語っていた。男が、そういう目で見ている相手がフランクフルトを頬張った時、想像することなんて、一つだけなのだ。
つまり二人は、ホテルとやらに戻ってから、そういうあれをそうするのだろう。娯楽の乏しい田舎の、二十五歳実家暮らしの素人童貞は、そういうことにだけは詳しいのだ。
あー。
「バカップル、滅んでくれ〜」