第三軌条の果てに逃がすよ
タオルの中に隠れるようにキスをする。唇を離して、こめかみに濡れた髪が貼り付くのを払って、また目を閉じた。大和の鼻息が三月の頬を湿らせる。しだいに、かがめていた大和の体が、重く力を失い始めた。大和の背中は窓に預けられ、三月のキスが深くなる。びたりと窓に押し当てた背中に、冷たさと共に走る、甘い感覚。
「ん……は、あつ」
「うん」
三月の唇を逃れて、大和が息継ぎをする。ぐったりした声さえ逃すまいと、三月は大和の唇をまた塞いだ。もうキスはいいって、と訴えていた大和の鋭い眼が、諦めたように和らいで、くちびるが緩く開く。
タオルの中に二人分の息がこもって、暑い。三月が大和のタオルをとりさり、自分の首にかけなおす。
大きく口を開いて舌先を合わせると、大和がくすぐったそうに目を細めた。三月は大和の舌をべろりと舐め上げ、上あごの裏側へ舌をしのばせる。
三月の唇が離れ、大和の唇に光る唾液が糸を引く。だらんと口の端に糸が垂れ、大和の首筋にぶつかった。はあ、と、目を伏せて熱い息を吐く大和に背を向け、三月がベッドの脇に落ちたカバンをあさった。昨夜カバンに詰めたコンドームの箱を開ける、紙のこすれる音。
「ん、大和さんの分」
「ん……」
「つけてやろうか?」
「自分でやれるから」
言いながら、大和はベッドの端に腰かけた。三月に手渡されたコンドームの封をぺりとめくって、コンドームの精液だまりを潰すように持ち上げる。三月も大和の方に向き直り、立ったままで自分の股間にコンドームをあてがった。
互いの体の間で、二人の手がくるくるとコンドームを降ろす。ぐ、とコンドームを降ろしきった手が、根元に茂った毛を払う、その大和の手元を三月はじっと見つめる。三月の視線に気づいた大和が、照れくさそうに三月をにらみ上げた。
「何」
「ん……どうせ萎えんのに、びんびん勃って、けなげだよなあって思ってさ」
大和を怒らせるだろうことを言いながら、三月は大和の肩を押した。大和は怒る間もなくベッドに仰向けに転がされ、三月の唇に、胸の突起をくわえられてしまう。
「んあっ、ちょっと、ミツ」
「ん? ……ふ、もう硬い」
三月の舌先が、大和の乳首を転がして、柔らかくざらついた舌の腹でつぶすように押した。
「んなの……、昼間、ミツが……あんなこと」
「体洗われて、感じちゃってたやつな」
「俺が悪い……みたいに、言う、な」
「んふ……はぁ、悪気もなく乳首で感じてたわけ? 風呂場で、昼間からさ」
「そ、いう……けじゃ、ない、けど……っん」
言葉の切れ目切れ目で、熱い吐息が大和の乳首にかかる。ずくん、と、三月との体に勃ち上がる大和の陰茎が熱を増した。
三月は自分の腹筋を打つそれをちらりと見下ろしてから、大和の耳元に口を寄せた。
「エッロ」
吐息たっぷりの三月のささやきに、大和は肩を跳ね上げて応じた。大和の反応が嬉しかったのか、三月は大和の耳の後ろに舌を伸ばす。さきほどまで大和の乳首を捏ねていた舌が、大和の耳の中に伸びた。じゅるじゅる、と耳を打つ音、湿った耳に空気が冷たい。大和は目を細めて、自分の耳に舌を伸ばす恋人の頭に視線を送る。
三月が大和の耳から顔を上げ、目を合わせる。
「触ってほしいとこ、言ってくれたら触るけど」
くすりと笑みをこぼす甘い表情に、大和の眉間の皺は濃くなる。
「好きにしろよ」
大和が吐き捨てると、三月が、片手で大和の前髪を押し上げ、眉間にキスをした。ちゅ、ちゅ、と数回、キスを繰り返される。眉の付け根に柔らかな唇が押し当てられる感触に、目の奥がざわついて、脳の中心から背すじへ電気を走らせた。ささやかな接触がくすぐったい。
「今夜は尽くすって言っただろ。オレだけ楽しくても意味ないじゃんか」
三月の手が、ない乳房を鷲掴むように胸に下りてきて、大和は唇を引き結ぶ。三月の指先はやわやわと、脇から胸筋のラインに沿って、大和の胸の横をなぞった。軽く押したり、触れそうで触れない距離でたどったりしながら、親指で乳輪の周りを撫でる。
「どこ触ってほしーの」
余裕たっぷりに間延びした問いに、大和は思わず舌打ちをする。行儀悪、と三月がつぶやいてほほ笑むのも気にせず、その両手首を両手でつかんだ。三月をにらみ上げ、唇を尖らせる。
「胸……触るなら、ちゃんと触って」
「触ってるぜ」
「ちゃんと気持ちよくして」
「どこで?」
「……乳首で」
「うん、わかった」
大和の潤んだ眼差しに、三月が嬉しそうに笑みを深くした。ふたたび大和の胸に顔をうずめて、舌先で乳首をつつく。はあ、と息をつきながら、三月がそれを転がすたび、大和の腰が揺れるのを、三月が両手で押さえつける。快感を逃がすことも出来ず、大和は目を固く閉じ、ぐっと脇を締めた。ぷくりと赤く持ち上がって存在を主張する乳首を、三月の舌の腹が執拗に捏ねる。のしかかった三月の体に、大和はゆっくりと両腕を回した。
「んは……やぁとさ、気持ひい?」
「ん、っんふ、ん、む」
肩を上下させて快感に耐える大和の顔を、三月が目だけで見上げる。大和の両手が、三月の頭をがしりと押さえ、体から離そうと押し上げた。
「これ、結局っ、ミツ、が、たのし……っ、だけ、じゃ……んふっ」
「バレた?」
三月の舌があきらめず大和の乳首に伸びるのを、大和がくやしげににらむ。
ちゅうっと、三月がわざとらしく、大和の乳首に口づけた。乳首を舌で迎え、吸い付く。激しく吸い上げる音が立ち、唾液が空気を含んで泡立った。
「ひんんっ」
強い刺激に、大和がぐっと目を閉じて首をのけぞらせた。花が咲くように、胸の中心にぶわっと赤い色が散る。
「ん、んん」
首を振りながら、大和の手が声を封じるように口に伸びる。手の甲を唇ではみ、そこから漏れそうになる声や嗚咽を、唾液と一緒に必死に飲み込んだ。
三月の舌先が、何度も大和の乳首を上下してもてあそぶ。ざらついた舌の腹でれるれると粒を押しつぶされるたび、大和の脚が何かに耐えるように揺れた。
「うう、ん」
ぎりと噛みしめた歯の間から、どうしても声が漏れるらしい。大和が悔しげに首を振り、濡れた髪を押し返すように、空いた片手で三月の頭を押さえる。
押し戻したいくせに、やわらかに、おずおずと触れる指に、三月は自分の手を重ね、大和の胸から顔を上げた。自分の頬へ、大和の手をずり下ろし、頬ずりをして見せる。
大和のなにか訴える視線と、三月のそれをはぐらかすような視線とが絡み合った。
「まあ、乳首だけじゃイケないよな」
二人の間に張りつめたお互いのものへ、三月が大和の手を導く。
「触ってて」
三月は言うなり、ふたたび大和の乳首へ顔をうずめた。三月に言われて、大和は目を伏せながら、言われたままにお互いのものを一緒くたに掴む。三月の手もそれに重なった。
大和の手でも包みきれない二人ぶんの陰茎を、三月は手を繋ぐようにして、互いの手のひらにこすりつけさせる。
「……ん、はぁ……」
「ふ」
三月の唇から漏れる熱い吐息に、大和の胸の尖りがこっくりと赤く膨れた。大和は腰を浮かせて亀頭を押し付けながら、三月の唾液に胸先を光らせる。
「は……、はっ」
「大和さん、手」
「ふう、ん……」
三月が促すと、荒い息の合間に、大和が頷く。次第に休みそうになる大和の手を、三月が強引に引いて、自分のものを握り込ませた。
手のひらで亀頭をぬるぬると転がされても、大和は相変わらず声を上げない。しかし、より張りつめて太くなったことから、感じているのはわかる。
コンドームのジェルにぬめる手のひら。三月の目尻に熱がこもった。
大和さん、気持ちよさそう。
声、聞きたいな。
三月の大きく開けた口が、舌の腹で大和の乳首を生暖かく包み込む。大和の陰茎をやわやわとしごいていた三月の手が、裏筋をなぞり、陰嚢に下りた。三月が触りやすいように、大和が三月の上に膝立ちになる。
「ひあっ、……ふ、んん」
陰嚢と尻の穴の間を指先がひっかく刺激に、大和が肩をすくめる。それでも声を抑えようと口をつぐむ大和の様子に、三月ははあと息をついた。三月の舌から解放された大和の乳首は、びんと赤黒く肥大して、冷たい空気にさらされる。
「なあ、今日準備してる?」
大和の口に押し当てられていた手をとって、三月が尋ねる。大和自身の噛む力でくっきりと赤く鬱血した手の甲を、三月が引き寄せ、キスを落とした。
「ん……欲しい。挿れて」
大和の手が、三月の陰茎を、ぐっと握り込んだ。大和の穴をなぞっていた三月の指に、三月自身の先端が、ぬるりと押し当てられる。
「準備なら……ミツが、寝てる間に」
「オレにさせてくれたらいいのに」
「ヤダ」
「ヤダって」
そんなかわいいこと言う? と、三月の目尻が緩む。
大和の人差し指が、三月の鈴口を圧迫した。ジェルのぬめりを借り、大和は指先でそこをえぐるようにくすぐる。ぴったりと貼り付くゴム製の精液溜まりの感触に、三月はぎゅっと目を閉じた。
「んん」
思わず声を漏らした三月に、大和の眦が赤らむ。
「俺のしたいこと、全部させてくれるんでしょ。俺より先にイくミツが見たいの」
「言うじゃん」
三月が、自分の腰を跨いでいる大和の太ももを、両手でつかむ。わずかに腰を浮かせて陰茎を押し付けるような三月の姿勢に、大和が体を震わせた。
三月は、たっぷりの吐息とともに、大和を誘う言葉を吐く。
「なら、ナカでイかせて」
待ってました、とばかりに、大和が緩くうなずいた。大和の手に包まれていた三月の陰茎が、ぴたりと、大和の後孔にふれる。
「ふ……」
大和の首ががっくりと折れ、苦しげな吐息が漏れた。体を落とそうとしても、まだ十分にほぐれていないのか、大和は三月のものをうまく挿入できない。
「大和さん、もっと体開いて。脚、狭い」
「無理……声、響くから」
「大丈夫。そのために離れ一棟貸し切ってんだろ? 誰にも聞こえないからさ」
大和の濡れ髪から、雫がしたたって、三月の頬を濡らした。三月のこめかみを伝って耳にこぼれた雫に構わず、三月はじっと大和を見つめる。
大和は、何か熱に浮かされたような表情で、三月に問いかけた。
「ミツだけ?」
うわごとのように繰り返す。
「ミツしか聞いてない?」
大和の質問に、三月は目を細めて、できる限りのやさしい声で、望む答えを返してやった。
「そ。オレだけだよ」
「っあ」
言うなり、三月は大和の穴に右手を這わせる。左手は大和の陰茎を握り込んで、ぐずぐずとゆるやかに揉む。その動きに合わせて後ろに指を突っ込まれ、大和は思わず高く喘いだ。
「大和さんのこんな声、他の誰にも聞かせるつもりねえよ」
ぐい、と三月が大和の足首を引き、親指を押し込んで広げた穴めがけて、腰を進める。強くなる圧迫感に大和が喉を詰まらせると、三月が首を伸ばして、大和の胸に頬ずりをした。
「ふ……う」
「苦しいよな。すぐ気持ちよくなるから、大丈夫」
じっくりと、三月が大和の中に、自分の楔をうずめていく。いっそいちどに穿ってほしい、大和の焦れる気持ちが、腸壁の収縮となって、三月の陰茎を押し返す。
なかなかうまく入らないことを悔しがる大和の目つきに、ふっと、三月が息をこぼした。
「こっち向いて」
「ん……」
「キスしよ」
大和が背中をかがめて、三月の方へ顔を近づける。中途半端な挿入のまま、キスをした。唇同士が押し合う柔らかな感触が、たまらず舌の滑り込むいやらしい刺激に変わり、二人して目を閉じて互いの唇をむさぼり合う。
やがて、唇が離れたときには、大和の目はうっとりと潤んで、そのなかに三月の姿をとらえていた。
ずるずる、大和の腰が下りていく。
食いしばった大和の歯の間から、ふー、ふーと荒い息が漏れる。シーソーがいちど弾んでからの、ゆらりと傾く間のような、その時を待ちわびる吐息。
三月の手が、大和の腰骨をきつく掴んだ。三月の腰が上がって、ずぷん、と勢いをつけ、三月のものが大和の奥を穿つ。閉じていた肉の壁を押し広げられる、重たい圧迫感。
「ふ、ああ、あ! っあ!」
泣き出しそうな必死の声が、寝室中を満たした。表情を歪ませて、三月の腹に大和が手をつく。
「う、あ……きつ」
「んんっ、いぅ」
「いい?」
まだ言葉にならない、大和の口から洩れるいたいけな音を拾って、三月が問いかけた。大和が首を振って応じるのを、三月が唇を舌で軽く舐めて見つめる。
「じゃ、いいとこに当てないとな」
ぐ、とふたたび三月の腰が、もう入る余地など無いのに、大和の尻を押し上げる。腰骨へ食い込む指に、強く下へ導かれ、内臓を圧迫する三月のものを迎えようと、大和がさらに脚を広げた。
「も、も、はいんな、ぁ」
涙声で、大和が床に膝をつく。三月の手が腰骨から離れ、大和の太ももをざわりと撫でおろした。
その手から逃れるように大和が腰を浮かせ、抜けそうになった三月のものを、今度は自ら肉の壁へ擦りつけてしまう。
「ん、あ、っぁ、あ」
三月が歯を強く噛みしめながら、大和の腰の動きに合わせて、ぐいと腰を持ち上げた。ずりゅずりゅと、次第にその動きが早まっていく。
「あぁっ! あっ、あ、あァ、あぁあ」
ぎりぎりまで張りつめたグラスから水があふれ出るように、一度声を出してしまえば、もう抑えることはできない。堰き止められていたものが、堤防を失って、大和はもう、されるがままに喘いだ。
「んんんう、ミツ、みつ、ぅ」
「ん、何、大和さん」
ぱちゅん。大和のものが苦しさに質量を失って、三月の腹を打った。萎えてしまったそれを触ってほしい、と目で訴えてくる大和に、三月は一瞬、言葉に詰まる。
「……欲しがり」
揶揄するように呟いて、三月は大和の陰茎を掴んだ。大和の目がうれしそうに緩み、対照的に、大和の中は三月のものを締めあげた。
三月の目が、三月の手が、三月のペニスが、三月のすべてがいま大和だけを求めている。
三月だけのものにして欲しい。
大和の願いは、体を繋げる間だけ叶う。
大和は、三月の頭を抱き留めながら、ミツ、と再び名前を呼んだ。大和の中で、三月のものが質量を増す。大和の陰茎も、もう硬く芯をもっている。大和が三月の手のひらに自分のものを擦りつける動きに合わせ、三月は大和の中を擦った。
「んう、ミツ、ぅ、うぅ、みちゅ」
舌足らずな大和の呼び声に、三月は大和を鋭い目つきで見上げる。怒ったような、発情しきった三月のまなざし。大和は自分の奥がざわめくのを感じた。
「大和さん。また俯いてる」
「ん、え、うぇ? な、に、んん」
三月の面白がるような声に、大和は快感に塗りつぶされて行く思考を必死に巡らせた。小学生に宿題のヒントを出すように、三月が柔らかな声音で促す。
「そうじゃないだろ?」
俯いてはいけない。つまり、体をそらせ、と三月は言いたいのだ。ずるりと抜けそうなほど引かれた三月のものが、またゆっくりと大和の中を押し広げ、閉ざされていたそこに触れて満足したように、引いていく。激しさのないピストンが、大和を却ってせつなくさせた。
「んふ、あ、っ、できな」
「できる」
三月が力強く断言し、大和の両手へ自分の手を重ねた。体を支えていた手を持ち上げられ、大和の体を支えるのは自分の膝と結合部だけになる。膝ももはや頼りなく、小さく震えだしている。三月との結合だけに繋ぎ止められている事実に、大和はつばをのみこんだ。収縮する自身の肉壁と同じように、喉が引き攣れ、声を押し出す。
「ぐんん、うぅ、ん、あ、ぁ」
三月は、大和のことを自分だけのものにする気はないと言う。けれど、そんな三月が興奮するのは、自分しか知らない大和の姿を見た時だと、大和は知っている。
――本当は、ミツだけのものにしたいくせに。
だから俺は、ミツだけのものにして欲しい。
その方が、ミツは俺に興奮してくれるんでしょ。
「ミツ、っん、ん」
何度呼んだか知れない名前を再び紡ぐ。
大和の背中がゆっくりと正され、そのまま後ろへ傾いた。唾液と共に、口の端から、声がこぼれる。
「んううう、ミツ、っん、三月ぃ」
どうしてか、大和は三月を名前で呼んだ。愛称でない呼び方に、大和の必死さがにじむ。三月は、自分のものにまた血が集まるのを自覚した。
ただ体をそらしただけなのに、自分を穿つものの質量が、ずんと増した気がする。大和が三月に視線を送ると、恋人つなぎで大和の両手を戒めた恋人は、ずいぶんと満足そうに大和を見つめ返した。
「上手にできたな」
「んあああ!」
三月が、大和の中を撫でるように腰を揺らし、大和は高い嬌声をあげた。トントン、とあやすように中を叩かれ、大和の開いた口から、飲みきれなかった唾液があふれる。
「ふいぃいぃ、やああっ、あ」
「大和さん、初めは全然体そらせなかったのに」
三月が言葉を切り、ぐ、と大和の体を押し上げる。大和は反った背中をさらに反らして、その愛に応えた。さっきよりもずっと奥深くまでまっすぐに届く熱。喉奥から引き絞るように溢れてくる叫びが、唇を押し開けて飛び出す。
「ひん、ん、う、あ、ぁ、う」
禍を避けて結晶したような裕福な暮らしのなかに、本当は自分という禍が初めからあったことを知ったとき。大和の心は冷え、愛を願うささやかな悶えをあきらめた。それでも胸に残っていた渇望が、大和を復讐に駆り立てていた。その手段にするため身を投じた、地獄になるはずだった場所で、大和は三月に出会った。
願わなくても愛を手に入れてきた男が、夢は手に入れられずにもがいている姿の、痛々しいまぶしさ。そんな三月を正面から見られず、眩んだ目でまなうらの影ばかり見続けたツケは、頬の痛みと引き替えられた。
殴られたことなど無かった。肉体で言うことを聞かせようとするような浅はかで深い愛情を、大和はようやく手に入れた。望んでいたものと違っても、受け取っただけ返したいと思うような、あたたかくて涙の出る愛だった。
「やっ、や、ああ、あ、あ」
三月が、あえぐ大和の震える手を、ぎゅっとつかんだ。
「やじゃないよ。気持ちよさそうなところ、ちゃんと見せてくれてるぜ」
快楽のせいか、大和の目の端に、じわりと涙がにじみだす。涙は流れるに任せて、大和は掴まれた手を握り返した。
もう手放したくない。
真摯な三月は、自分を手に入れてしまえば、自分に依存されて、自分に依存してしまえば、作り変えてしまった大和の体を案じて、大和を手放さずにいてくれるだろう。
ゆるりと大和が腰を浮かすと、三月の目が三日月の弧を描く。そのほがらかでいとおしそうな笑顔が、大和の胸を締める。
「すげえ嬉しい」
俺も。俺も嬉しい。
「もっと見せて」
両手は三月にとらわれている。大和の目からこぼれ落ちる涙を、三月の頬が受け止めて、大和は三月のものを、自分の中に受け入れつづけた。
「あ、っあ、あ、ミツ、み、っぁんっ、あ、はぁ」
「ぅ……んっ、大和さん」
窓の外の月は明るい。
全てを照らし出してしまう月夜、大和は両手で、最奥で、三月をつなぎとめた。
三月に受け入れてほしいとは思わない。
自分が三月の形に変わっていきたい。
何もかも受け入れて認めようとする三月の、唯一、受け容れなくてよいものになりたい。
アイドルが人を殴り飛ばすなんてご法度だとたびたび口にしておいて、自分を、しかも撮影期間中に殴った三月。体面なんて考える前に感情をぶつけてもいい相手。それが、大和が三月の中に得た、自分の居場所だった。
「あ、っ、あ、あ、あ!」
「っ……大和、さん……」
ひときわ大きく、叩きつけるように激しくなった喘ぎ声に、三月が唇を引き結んで、大和の奥を責め立てる。
ずん、ずん、と奥を何度も突き上げるその熱い衝動を、大和は自ら、もっとも気持ちの良いところに押し付けた。ぴったりとはまりあうような律動。お互い以外の何物も、今高めあう二人に干渉することはできない。
「は……オレ、も……出したい」
「俺も、んぁっ、はああ、あ!」
三月が手を離し、腹筋を使って体を起こす。抜けかかったものをまた大和の奥に押し入れながら、組み敷いた大和の両足首を、高く両肩にかかげた。
「っんあ、あ」
体位を変える間に、大和の手は自分のものを握っていた。力を失っていたはずのものが、大和の手の中で、再び張りつめていく。三月は指をべろりと舐め、唾液をなすりつけた手で、大和の乳首を撫でた。
「んんん! あ、やめ、だめ、だめ」
身をこわばらせて制止する大和に、しかし三月の手は止まらない。
「一緒にイってくれるだろ」
手を振るように激しい動きで、三月は大和の乳首を捏ねる。大和の目の奥に、白い光がにじみ出し、膨らむ。
「あ、ぅああ、あ、あ、あ、あああ」
「イく? オレも、イく、イくよっ、大和さんっ」
「ミ、ツ、う、うぁ、あ、あん、あんっ、あ」
呼び合いながら、駆け上がる快感に身を任せる。
三月のものが大和の中で、ひときわ大きく張りつめたとき、大和の乳首を撫でていた三月の指が、ぐ、と大和の乳首を押し潰した。その力がこもるかこもらないかの瞬間、大和の瞼の裏は、真っ白く染まっていた。
「あぁ―――――――」
放出の歓喜に打ち震え、大和は高く長い喘ぎ声を発する。耳につくかすれた声が自分の声だと気付いて大和が脱力するころには、三月の手の力も緩められていた。
大和の中へ間歇的に精を吐き出す脈動が、だんだんと落ち着いていき、三月の肩が下がる。
はあ、はあ、とめいめいに息を整えるリズムが、しだいに揃った。
「ぁ……きもち、よかった……」
三月がへにゃりと大和に笑いかけ、大和もまた微笑んで応じた。
「俺も」
三月が、陰茎の付け根のコンドームを押さえながら、ずるりと自分のものを引き抜くのを、大和はまだはっきりとしない頭で見つめた。
「大和さんのも」
自分のコンドームを手早く結んだ三月が、大和のものに手を伸ばす。されるがまま、大和はコンドームを外してもらった。その刺激さえ強烈に感じられ、ようやく意識が明瞭になる。
「ありがと」
「ん」
三月は二人分のコンドームやその包装をポリ袋にまとめ、口を縛って鞄に戻した。旅館で処分していくわけにはいかない、寮のごみ収集に出すつもりなのだろう。ラブホテルに初めて行った時、部屋に入るなり手洗いうがいを済ませて空調を調節した三月を思い出し、大和の頬が緩んだ。いつ、どんなときでも、三月は三月のペースを崩さない。三月からはいつも、寮の匂いとか、生活の匂いとか、そういうものが変わらずしている。
「先にイかせるつもりだったんだけどな」
「なら、もう一回する?」
「そんな体力ないです……」
「はは。体流してやるよ。おいで」
また三月が先に立ち、大和に手を差し伸べた。その手を取ってベッドを降りながら、今度はよろけず、大和は三月の手に手を重ねた。
厚い手のひらに身体を引かれ、夜の露天風呂へ連れ出される。大きく丸い月が出ていて、ちょうど、湯船にその影が映っていた。夜が更けても変わらず熱い湯を、桶に掬う。大和が体を清めるたびに、湯船に白く浮かんだ月の影がほどけて、揺れながら元の形につながっていった。
あれほど抱き合ったというのに、また浴槽で、三月を膝に載せて抱きしめた。月光に白く浮かび上がる体をたしかめるように。
三月もまた大和の背中に腕を回して、肩に頬を預けてきた。しんと、静寂の中で、互いの体に体を預けるだけの時間。縋り付くように回した両手で、三月はいま大和の形をたしかめ、その両手に確かめられることで、大和も自分の形を知る。いつまでも抱き合っていられそうだった。
寝ちまいそうだな、と、三月の方から切り上げた。
寝室に戻り、体を拭いて、シーツの乱れていない大和のベッドに二人で転がった。
「おやすみ」
大和が囁くと、三月は人差し指を立て、唇の前に持ってきて、おやすみ、と口を動かして見せた。大和の振り付けを真似てからかう三月を軽く肘で小突くと、三月が声もなく笑って、目を閉じた。
秋口といっても、夜はもう肌寒い。隣で眠る三月の熱を求めて、大和はそっと三月の体に寄り添った。いつの間にか眠っていた大和が、なにか動く気配に目を開けると、三月が月明かりの中、ベッドの端に腰かけていた。
眠れないのか、と尋ねる代わりに、大和は三月の背中を見つめた。三月が見上げているのは、黄色い月。何を思っているのかはすぐにわかった。最近様子がおかしい彼を案じる気持ちは、三月も大和も同じだ。信じられないくらいきれいな、それこそかぐや姫か何かのような美しい青年が、彼の国に帰ってしまう日が、いつか来るような気がしていた。それを自分たちが止めて良いのかもわからないまま、止めたいという思いだけを持て余して、その時が訪れるのを待っている。その時が来たら、三月はどうするのだろう。
そして、自分は。
やがて三月が大和のベッドにもぐりこんだとき、大和はその背を、ぐっと抱き寄せた。
好きなものを知って、それを差し出しあって、相手の体に取り込ませることの喜びを知った。相手を体に迎えることの心地よさを知った。
もう、離せる気はしなかった。
だから、自由にしてやれないことの代わりに、自由になろうとしないその人をみとめて、褒めて、せいいっぱい愛したいと思う。
その人の喜ぶ愛し方を知りたいと思う。
そんな風に人を愛するのは初めてだった。
大和は目を閉じて、三月の頭に自分の顔を押し付ける。瞼の向こうに感じる熱が、暗闇をとろりとあたため、大和を眠りへいざなった。
*