32SS
◆さよなら友だち、またきて心中
【告白】
「ならミツは俺と心中してくれんの?」
大和には止められなかった。
勝手に、三月への不信が言葉になって出ていくのを。
「俺が、お前の人生全部取り上げてめちゃくちゃにしたいからここに住めよって、でけえ豪邸あげたら住める?」
思い返すのは、誤謬と隠匿の象徴のように建っていた、大きくて堅固な実家のこと。してしまった粗相を隠すように秘められていた、自分と、自分の父のこと。
くらい、深夜のベッドの上。自嘲めいて笑いながらつぶやく。
好きだとか、愛してるだとか、そういう言葉を口にする三月のことが、どこか現実ではないもののように見えた。
メンバーとして信頼しあえていれば、それで良かったのに。そう思う気持ちが、大和にそんな悲痛な言葉を言わせたのかもしれない。
三月の唇が震えているのが、暗闇でも分かった。なんでもないこと、みたいな顔がしていられるほど、無情でも、大人でもない。
そんな三月だから、大和も。
大和が片手を胸に押し付けたとき、肩に触れたものがあった。
どん、と体がぶつかってから、抱き寄せられたのだとわかる。
「だめ」
三月の声はやさしく、大和の耳元に響いた。
「あんたがしたくなさそーだもん、それ」
「……ぁ……さ、わるなよ……」
「なんで? あんたがオレのこと好きだって、知ってるよ」
「……そんなの、ミツの思い込み……」
「一緒に終わって欲しいなんて、オレのこと好きじゃなきゃ言えないだろ。あんた、そういう人じゃんか」
大和が知っている唯一の「愛」の模倣に、少しずつ違う絵を重ねるように。三月は、あたたかな腕の中で言葉をかけた。
「でも、だめ。あんたの人生とオレの人生半分ずつでここに住もっかって、家決めるならしてもいいぜ」
伏せた大和の顔に、三月がそっと手のひらを添わせる。顔中クシャクシャに撫で回して、月明かりのなか、三月は目を細めた。
「二人で暮らそっか」
三月の、しっとりとあたたかな手が、大和の頬を、こめかみを、優しくくすぐる。
好きだと、耐えきれない様子で伝えたくせに。もう余裕のある素振りで、大和の胸に、とくん、とくんと心音を伝えてくる。落ち着いた心臓の音に、大和の音が重なっていく。
ぼそりと、大和は呟いた。
「それは、まだ、やだ……」
「んひひ、ほらな。みんなで暮らしてたいだろ。できないこと言って試すなっての」
三月が額を合わせてきて、まつげがちらりと頬をかすめた。
「オレはあんたと幸せになるよ。あんたのこと、愛してるよ」
ささやきは、恋人に告白するというよりも、幼子に父が愛を伝えるようにしっかりと、穏やかだった。
お前は愛されて生まれてきたんだと、言い聞かせるようなやさしさ。大和が胸に押し当てた手に、三月の指が伸びてくる。そっと、指を絡め取られて、大和は細く息をついた。
三月が、頬に、やわらかな唇を押し付ける。
「起きたら、恋人でもいい?」
二人でひとつの祈りのように、十の指を絡め合わせて。
三月がささやく。
「心中はしてやれないけど、死ぬまで一緒にいてやるから。それも心中みたいなもんだろ」
答えない代わりに。大和は、ぼすん、と体をベッドに倒した。三月がつられたように倒れ込んでくる。
抱き合うようにもつれた体を布団の中に滑り込ませて、大和は目を閉じた。
「全然違うって……」
「うはは。おやすみ、大和さん」
人の形をしたぬくもりが、隣に入り込んでくる。
三月の手が、するり、するりと、大和の背を撫でた。やさしい手の動きに、閉じた瞳の奥が温む。
胸の奥、終えようとしたいのちが、とくん、とくんと打っている。三月のものとおなじはやさで。
繋ぎあった手を、そっと額に押し戴く。
明日起きたら、俺たちは。