32SS 


◆世界の終わりに二人きりでも
【両片思い】

「ミツ知ってた?」
オレの部屋のテーブルの上に、ビールの空き缶が六つ。
もう酒が回っているんだろう、珍しく早い時間から頬を赤くした大和さんが、もうほぼ残っていない缶にくちびるをつけ、ずず、と啜って口を開いた。
「何を? なんか最近あったっけ、ニュースとか。あ、百さん好きなドリンクのCM決まったって言ってた。環もそろそろ王様プリンのCM来たりしてな。あとナギにここなの仕事来ればいいのに……」
「じゃなくてぇ」
制止する大和さんの声がふわふわと落ち着かない。
オレもオレで、それなりに酔っている。それなりに?  いや、たぶん、かなり。
ぺらぺらと喋り続けてしまうオレの口に、梅とあえてある胡瓜を突っ込んで、大和さんが新しいビールに手を伸ばす。梅ときゅうりとちくわで作ったつまみは、大和さんがつまむためではなく、ほとんどオレを黙らせるためにばかり使われていた。
「ひゃなふて?」
「明日」
やけにもったいつけて、大和さんがビールのプルタブに指をかける。
「明日、世界終わるんだってさ」
カシュ。
心地いい音と共にビールの封が切られ、ふつふつと溢れた泡を大和さんが唇で迎えた。目じりを赤くして、缶に唇をつけたまま、ちらり、と上目遣いにオレを見てくる。
「ミツ、なんか言い残したこととか、ない?」
酔っているはずなのに、やけに真っ直ぐな眼差し。
きゅうりを咀嚼して飲み込んでから答えた。
「ファンに、大好きだぜって伝えたい! ってくらいかな。応援してるアイドルに、好きだ、って言われたら、絶対嬉しいもん! オレのこと好きでいてくれる子に、欲しい言葉をあげたい。ファンのみんなに笑っててもらえるように、明日も一日頑張るだけだよ」
オレも大和さんにならって缶の封を切り、二口飲む。
大和さんは、ふうん、と呟いて、立ち上がった。スマホを尻のポケットにしまって、ドアの方へと歩いていく。
「んぁ? 何、部屋帰んの? 子守唄はー?」
「今日はいい。酔った」
「いつも酔ったら、毛布と子守唄で、寝るじゃんかあー」
「ミツらしい答えだったから」
「はあ? それでなんで帰んの?」
「知らない。拗ねたんじゃねえ?」
「何言ってんだよ。まあいいけど、空き缶、明日片付けに来いよー」
「世界が終わってなかったらなー」
酔っているような声のわりには、足どりはしっかりしている。開けたばかりの缶を煽りながら、大和さんは部屋を出ていった。
言い残したこと。
言いたいこと。
「あるよ」
呟いて、大和さんの残した空き缶を見つめる。
大和さんは、多分気づいている。
それで、かまをかけてきたんだろう。大袈裟な嘘なんてついて。
それとも、言って欲しかったんだろうか。
テーブルの上に頬をつけると、火照った頬に木の冷たさが心地よい。
「言うわけないじゃん」
言えばきっと、あんたは困る。オレや、IDOLiSH7に、弱みを作ってしまうから。やっと手に入れた居心地のいい場所を壊してしまうかもしれないことに、誰より怯えている人だから。
一生、言わない覚悟決めてるよ。少なくとも、アイドルやってる間は、ずっと。
「……はー、冷たいなー……」
冷蔵庫から出して少し経った、缶ビールのまとう水滴を、指先で、テーブルの上に伸ばした。
す。
指先をまた湿らせて、続きを書く。
き。
言えない言葉を書いたところで、水でなぞっただけの文字は、明日には消えているだろう。
明日世界が終わるらしい。
それでもオレは、この秘密を抱えて死んでやる。
たとえ、世界の終わりに二人きりでも。
絶対に言わない。
「また明日な、大和さん」
あんたのことが、好きだなんてさ。

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