32SS 

◆デートの夜は

「楽しかったな!」
「まあな。でも目かすむわ」
「歳?」
「可愛くねだるなら、お小遣いあげようか」
「いらねえよ」
「痛たた、痛いって……」
ベッドに投げ出した足を、ミツが強く押す。朝一番にパン屋に並び、公園でブランコを揺らしながらパンを食べ、単館上映の映画を見て、横浜に移動して食べ歩き……元気な二十一歳に付き合って、俺はもうへとへとだった。
ふくらはぎを筋肉の筋に沿って揉みこまれ、膝の裏を押される。気持ちいい。じんわりと血の巡る感覚に、体温が上がる。
ミツは俺の脚を揉むうちにやる気が出てきたのか、腰にまたがって本格的なマッサージを始めた。
「そんなことまでしなくていいよ」
「気持ちよくない?」
「いいけど、ミツも疲れてんでしょ」
肩越しに見たミツは、俺に背中を向けて笑っていた。
「デートなんだから。張り切るのは当然だろ?」
はい表、と、ミツがパン生地でもひっくり返すように俺をひっくり返そうとする。
促されるまま寝返りを打つ。ミツは改めて俺の腰に跨り直した。
「ほっぺた熱いぜ。照れた?」
「眠いんだよ、遊び疲れて」
「いっぱい連れ回したもんな……寝ちまう前にコンタクト外せよ」
「ん……や、いい……ミツ、目薬とって」
「自分で探せ。つけたまま寝たらまずいんじゃねえの」
取ってもらったバッグを探る間に、ミツの冷たい手のひらがぺちぺちと俺の頬を触る。この運動部はまだ眠くないのだろう、体力も有り余っているらしい。
それなら、俺もまだ寝るわけにはいかない。
「今日、デートなんでしょ?」
頬に載せられたミツの手に手を重ねる。
「なら、まだ寝ないし、コンタクトも取んなくていいよ」
ミツの手に頬ずりして、その指の間に舌を這わせる。目を見ることは出来なくて、まつ毛を伏せた。
「このほうが、ミツの顔見えて、嬉しい」
ミツが息を飲んだのが、腰に受ける尻の重みでわかる。
「……全然、見てないくせに」
「このあとだよ」
口付けた手のひらに、俺の熱が移って、熱い。
腰の重みがふと軽くなり、戸惑ったような表情の、ミツの顔が近づいてくる。首を伸ばして、その唇を迎えた。
キスをして、体を離したら。ミツに目薬をさしてもらおう。
それから。
「大和さん」
熱っぽく呼ぶ声に頷く。
デートの夜は、まだ終わらない。

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