32SS
◆しあげみがきのへたな人
歯を磨いていると、男が膝の上にごろんと頭をのせてきた。
「大和さん、オレの歯も磨いてよ」
「ひょっほ待っへ。うがい、ひてくふ」
「はーい」
膝の上の重みがすっと退く。俺は恋人を置いて、洗面所に向かった。
ミツがこんなに甘えたがるなんて、付き合うまでは思いもしなかったよな……。
お互い、何となく、そうなのかなと思っていた。部屋で飲んでいる時、そういう空気になって、なし崩しで唇を重ねて、そのまま抱き合っていると、ミツが突然謝ってきた。ちゃんと言わせて、と改めて告白してくるのがミツらしくて、俺も好き、と応じるときは、笑い声が混じってしまった。
そのあとまたキスをしてから今日まで半年。顔を合わせる日は毎日、朝起きてからと夜寝る前に、2人きりの時間を作っている。
その時間に、寝転んで台本を読む俺の背にべったりのしかかってきたり、テレビを見ながら戯れに俺の手を口元に運んで唇で食んでみたり……ミツはやたらとスキンシップを重ねてきた。
そして今日はどうやら、膝枕で仕上げ磨きをご所望のようだ。
「ほい。どうぞ」
「やった! あーん」
ベッドに腰掛けた俺の膝に頭を預け、ミツがベッドに横になる。ミツは歯磨き粉をつけた歯ブラシを俺に預けてご満悦だ。
そんなに磨いて欲しいなら磨くけど……人の歯って、磨くの、初めてだな……。
恐る恐る歯にブラシを立てる。前後にこすると、つるつるの白い歯の上に歯ブラシが泡を立てた。と、ミツがいやいやをするように首を振る。
「んふふ、大和さん、くすぐってえよ」
「あ、ごめん……こんな感じ?」
「……ふふっ、んふふ、だめ、こそばゆい」
「ミツ! 笑ってたら磨けねえっての。口閉じて」
「口閉じても磨けねえだろ。んふふ、ちょっと無理、大和さんビクビクしすぎ、っくく、ふふふ、はは」
「笑いすぎだし……」
「だって、あんたの手つき、優しすぎんだもん」
ミツが体を少し起こして、俺の唇に口付けてくる。歯磨き粉の匂い。右手に握った歯ブラシから、とろりと泡立った白い歯磨き粉が、俺の指に垂れてきた。
ミントの香りを纏ったミツの舌が、俺の唇を割り込んで、歯列を撫でて離れる。
「こんなに優しくされるとさ、歯磨きだけで、エロい気持ちになっちゃいそう」