32SS
◆なんでもない日
【付き合っている 交際五年設定】
「ふふ」
「なに?」
テーブルに皿を載せ終えた時、大和さんが、堪えかねたように楽しげな声を漏らした。
「なんか面白いことでもあった?」
「いや。今日、何かあったか?」
「訊いてんのオレなんだけど」
大和さんが丸椅子に腰かけながら聞いてくるのを、目を眇めて咎める。
「だってさあ。朝から何? 分厚いトーストに切り込み入れて、バターたっぷりとろけさせてさ、トマトくり抜いて、炒めた玉ねぎとピーマンとソーセージとバジル入れて、チーズで蓋して焼いて。めでたいメニューって感じだろ」
大和さんが左手を、人さし指、中指、薬指と順番に立て、ぱっと五指を広げてひらひらと振る。
「よく見てんなー。惜しい、唐辛子も入ってる」
「絶対美味いやつじゃん……」
「行っちゃう?」
「ビール? 朝から? いいの?」
「オフだからな~」
物欲しそうな大和さんに浮かれて手を左右に揺らすと、大和さんも困ったように眉を下げ、微笑んだ。
「……ほんとに今日、なんかあったっけ」
「うん? 何もないよ」
「何もないのに、こんなにメシ豪華なんだ」
「だって、オフの朝に二人きりだぜ」
テーブルに右手を置いて、大和さんの方に身を乗り出す。困ったような顔が間近になって、こつんと額を合わせた。大和さんが、くりくりと額を押し付けるようにしながら、視線を落とす。
「だからずっと、手、繋いでんの?」
「うん。幸せだろ?」
「はは……うん」
大和さんの右手の指が、ぎゅっと、オレの左手の甲を握り締める。炊事に冷えた手に、じんわりと、温もりが伝わってくる。汗もかきそうなくらいだ。
「大和さんの手、でっかい」
「ミツの手も、たくましいなって感じ」
絡めた指の側面を擦り合わせて、くすぐったさを笑い合う。にぎにぎと何度か繰り返したあとで、また手のひらを合わせた。
「なあ」
大和さんが頬杖をついて、オレを見上げる。微笑みは流し目と共に、オレだけに投げかけられた。
「右手。握られてて、食べらんないから、食べさせて?」
椅子に片膝を乗せて、スプーンを取る。
「口開けろよ」
「あーん」
付き合いはじめて、もう五年も経った。あんなに甘え下手で、何をするにも一度はとんちんかんな方向に突っ走らないと先に進めなかったオレたちが、今は、ひとつのスプーンで、ひとつに実った赤いトマトを分けあっている。
「オレにも」
「えー? 左手なんだけど」
「あとでビール取ってきてやるから、乾杯もしよ」
「何によ」
「なんでもない日に?」
大和さんの左手が匙を受け取る。指を絡めて、キスをした。舌を伸ばして、大和さんの唇の端の、甘酸っぱいトマトソースを舐める。かすかに眉を寄せた大和さんに、くすりと笑いかけてみた。
六年目の、祝福のキスの味。
なんでもない日に、おめでとう。