方舟Ⅱ_恋に落ちるテンカウント

「……というわけで、困ってます」
「どういうわけだ?」
「あ、ソースおいしい。クミンかな」
誰が呼び出したか、映画部なんて呼ばれる、もう定番になった三人での飲み会。
俺の相談にピンと来ない顔で身を乗り出す、恋愛面では参考にならない男。
そして、俺の相談を聞く気があるんだかないんだか、野菜を噛んで細い目を少しだけ見開く男。
そこそこ円熟した飲み会の気だるい空気のなか、構わず続ける。
「その、俺のことを好きだって奴と、そいつがどのくらい俺を好きかを俺が理解して、あと俺がそいつへの引け目がなくなるように? なんかよくわかんねえけど、お互いの言うことを5個ずつ聞くことになりまして……」
勢いよく目の前の升酒を掴んで、ぐっと飲み下す。この場にいない、もう一人何度か一緒に映画を見ている、件の『そいつ』に吐きかけようと、くはあ、とわざとらしく息を吐いても、気は晴れない。
低い声でつぶやく。
「ときめきで殺す気か?」
「……和泉兄に殺されるのか?」
「大和くん、三月くんにときめいてるんだ」
「いや、違いますけど」
「俺も龍にときめく時はあるぜ」
「お前さんらと一緒にすんなって。そっちの若い子は情操教育履修済みでしょ。うちには純粋なのが何人もいるから、ミツとそういうことはできない」
「別に龍ともしてねえよ」
「三月くんじゃないなら、ナギくん?」
「なんで男前提なんだよ。ナギでもないです」
相談相手の人選を間違えた、と思いつつ、たまに仕事で一緒になる棗も慰めてはくれないだろうし、恋愛強者そうな百さんに頼っても自分が惨めになりそうで、というか全て察されそうで恐ろしい。鈍感で、それほど俺に興味がなくて、恋愛も下手そうな奴らに、とりあえず聞いて欲しい……人選の経緯を思い返すと、我ながらなよなよしくてうんざりする。
「まあ誰かは別に重要じゃないんで。そいつのせいで今クソ疲れててもう今日は帰ろっかなって感じです」
「ええ、飲もうよ」
「あんた、自分が疲れてる日はさっさと帰るくせに……」
「飲もうぜ。ほら、グラス空いてる」
「お前が持つと徳利がシャンパンボトルに見えるわ……」
八乙女に注がれた日本酒に口をつけると、さっきより少し視界の端が滲んだ。酔いが回り始めている。
「なあ、俺どうしたらいいの?」
「言うこと聞かされるの、嫌なのか。嫌ならそう言えばいい。そいつはお前の意見を聞かないようなやつなのか?」
「や、そういうわけじゃないけど……嫌じゃないのが困るっていうか……。その、同業者なんだよ」
「いいじゃねえか、同業。気が合うってことだろ」
「しがらみが多いわけ。ほら、一緒に仕事する時、空気に出ちゃうでしょ。ああ、この人、この子のこと好きなんだなあ、みたいなやつ。で、熱愛報道、文秋砲、ドカン」
「いいじゃない、そのくらい。歌手ならよくあることだよ」
「仕事が減るんですよ……」
「大和くん、仕事、好きだもんね」
「や、好きっていうか……」
「好きじゃないのか?」
「そ、れは、そうでもないけど……今そういう、好きとか言うの抵抗が」
「隠して言い訳する必要なんかない。お前の演技には、俺も圧倒されてんだぜ」
「あ、どうも……そういう恥ずかしいやつやりにきたわけじゃないから」
適当に言葉を受け流しながら、この感じだよなあ、と、酒をまた口に運ぶ。ちょうどいい。勝手に脱線していくレールを、俺は平静ですって顔で受け流していけば、なんとなく気が晴れる。要は憂さ晴らしなのだ、このメンツで飲む目的は。どうせ、映画の話もそんなにしたことはない。八乙女は、ミツとはしょっちゅう一緒に映画に行っているらしいが……。
まだ酔いが足りないのか、脳裏にチラついた顔のせいで、ぽろりとまた本音がこぼれる。
「ほら、メンバーも巻き込みたくないしさ……そいつのこと、傷つけんのが、……怖い」
「また殴られちゃいそう?」
「だからミツじゃないですって……」
「いいだろ。そいつだって同業なら、そのくらい考えてる。それでもお前と飛び込みたいって言うんだ、いい奴じゃねえか」
「いいやつだから困るんだよぉ……」
もう一度、もう一度と、正気を忘れるための酒を飲み下すたびに、体が浮き上がるような心地がした。もっと身を委ねると、気づかないところで口が回り出す。何を語っているか自分でも分からずに、ふわふわした感覚に目を閉じると、ガラリと個室の戸が開く音がした。
聞き慣れた声がする。俺も運ぶの手伝うとか、やおとめがなにか言っている。
いいよ、この人、歩けんのにだめなふりしてんだよ。ほらかえるぞ。
よく知っている声に呼ばれて立ちあがり、体重をあずけて歩く。肩を組んで、ほとんど背負われるように歩いているせいか、よく知った声が、耳のすぐそばで聞こえた。
こんな無防備に、人にぴっとりくっついて、襲われても知らねえからな。
通りに出ると、くにゃくにゃしたくるまに押し込められた。ほどなく襲ってきた睡魔に、戦う気もなく倒れ込んでいると、ぐいぐいと体を押され、バンとなにかを閉める音。心地よい温もりが、体の左側を支えた。
すいません、酔っぱらい連れで。代々木までお願いします。
はい。あれ、お兄さんたち、テレビで見た顔だね。娘が好きな……。
え、ほんとですか! 娘さんには、この人のこういうとこ、黙っててやってください。ほんとはすっげえかっこいいんですよ。
はは、お兄ちゃんも酔ってる? べたぼめだね。
酔ってないです、平常運転です!
ああ、仲良しグループなんだっけ。娘が言ってたよ。あいつ、誰が好きだったかな。大きくて元気な……。
ナギかなあ。金髪ですか? イメージカラーがきいろのやつなんですけど。
うーん、あ、へやじゅうみずいろにしてたな。めんずからーとかいって。あ、あとでさいんしてよ。
おやすいごようです。むすめさん、たまきたんなんですね。おれのこともおぼえてってください、めんからーおれんじの、いずみみつきっていいます……。

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