方舟Ⅱ_恋に落ちるテンカウント
「呼んでくんない?」
「うん?」
「大和さんって、名前、呼んで……」
うん、と応じながら、三月の体が、ゆっくりと降りてくる。熱い胸を合わせて、ベッドの上で寄り添った。
「……それから?」
「そっ……」
耳もとで、三月のかすかな囁き声。
欲しがる声が嬉しいことも、教えてくれたのは、三月だった。
覆い被さる三月の腕の中は、空気すら、三月の体温を受けて、ぬるい。
小さく息を吸って、吐く息に、欲望を乗せた。
「キスもされたい……」
「うん」
「その先は……ミツの、好き、にしたら、いいんじゃないですかね」
「……うん」
唇が耳の端に触れて、くすぐったくて首をよじると、三月の手のひらに頬をとられた。
三月の手と唇に顔を挟まれ、逃げられない。唇が、耳の形をなぞる。
「好きにするよ?」
「ん、……っ」
思ったより高い声が出て、頬が熱い。シーツを握りこんだ拳が、信じられないほど湿っている。
うあー、あつ。三月が上げた声が、自分の声のように思えた。
「オレ、すげえ緊張してるから、あんま上手くできないかも」
「俺もだよ、そんなの……」
唇が合わさって、濡れた瞳に覗き込まれる。
三月の唇に下唇をはまれて、柔く吸われる。ぬるついた舌が唇の内側を舐めて、歯列のうえをねっとりと這った。
「っ、ぅ……!」
潤んだ、熱っぽい瞳は、キスの間もじっと大和を見つめている。大和の目が、三月の仕草に細められるところを、満足げに、ぎらつきながら、とらえていた。
「手、繋いでもいい?」
「ん……」
シーツを掴む指の間に、三月の指が滑り込む。指が、シーツとの間に滑り込んで、手首の内側をなぞった。手首の筋を辿った指に、誘われるまま、手首を返す。
「……心臓、ばくばくする……」
「はは。俺も」
「笑ってんじゃん」
「緊張してるけど……変な感じ」
瞬きをする度に、照明の光が滲む。
同じ速さで、同じ強さで打つ胸を、胸の上に抱きとめながら。
「嬉しくてさ。ミツが……」
溜息に混ぜて、胸いっぱいの気持ちをつぶやく。
「ミツが好きだよ」
ぎゅうっと、手のひらを掴む指の力が強くなって、また笑ってしまった。下腹に熱く押し付けられるものは、もう無視できないほど大きい。
「ふ、すげえ、当たってるし」
「当たり前だろ、こんな……もう、余裕ないって」
「だよなあ」
肩を揺らして笑う度、三月は悔しげに眉を寄せ、腹におしつけたものをふくらませる。服を引っ張って覗き込んでも、三月は怒らず、ただ少し気まずそうに、唇を曲げて見せた。
赤黒く張り詰めたものに指をはわせれば、不服そうに睨みあげられる。
「気持ちよくない?裏筋」
「気持ちいいに決まってんだろ……」
「はは、何怒ってんの」
「うー……大和さんが……上手でずるい」
「噛むな、噛むな」
がじがじと三月が肩口に歯を立て、やわらかな茶髪が首筋をくすぐってくる。笑いながら、三月に乱されたTシャツを脱ぐ間、ばくばくと心臓が強く打った。
半裸になって抱き合って、始まる前のあたたかな空気の中で、どうしていいか手探りで。
それすらも幸せだなんてことを、他でもない三月が教えてくれること。
これから何度も思い出すだろう、「こういうの」が、また増えていく。
「……バチあたりそうだわ」
「は? なんで?」
「や、……ほら、未成年者淫行的な」
「とっくに成人してるわ」
「あふっ、やめ、バカ! 変な声出ただろ」
三月の手が尻のあわいに滑り込み、ぐにりと指を内側に押し込んだ。首にぶわりと熱が集まるのを自覚する。
「……出してよ」
「……バカ……」
戯れに押し込まれた指を、けれど内側が求めている。ざわざわと総毛立つような期待と不安に、三月の片手を強く掴んだ。
「……すんなら、後ろから……」
「……ん」
顔が見たい、前からしたい、と三月の顔に書いてあるのを、笑う余裕もなく、ため息をつく。三月に背中を向けて下着に手をかけると、手に汗をかいていた。
かすかな吐息は震えて、この先起こる出来事への緊張と興奮を混ぜ込んでいる。お互いに、眉間に寄せたしわが取れなくなるんじゃないかと思うほど、神妙な顔をしていた。今から2人きりで耽る行為への、抑えきれない喜びが、ふたりの顔を険しくさせる。三月もまた、緊張をほぐすように、食いしばった歯の間から息を吐いた。
「……大和さん、オレ、脱がそうか?」
腰に掛けた手を引き下ろして、肌を露わにする間も、三月の脚が脚の間に絡まって、上手く脱げない。
「や、いい、どいて」
「あっ、ごめん、そうだよな……」
腿の半ばに留まっていた服を脚から抜き、ベッドの下に落とす。三月も、着ていたパーカーとシャツを、いっしょくたに首から抜いた。
半身になっていた大和の手首を捕まえて、三月がまた、大和に口付ける。
「ん……」
キス、しすぎ。咎めたいような、このまま溺れたいような、どっちつかずの気持ちが胸に積もって、そのむずがゆさにまた、大和の頬が火照る。
三月もまた、同じように、顔を赤らめ、眉を寄せていた。
「その、オレ、初めてでさ……いろいろ練習っていうか、したけど」
「は? 誰と?」
「は? あ、違うって! その、ほら、ネットで見て、こう……」
手首を掴む手が汗ばんで、それでも三月は、大和の手を離さない。三月に手を引かれるままに、大和はまた、シーツに背中を預けた。
三月が、思い詰めて胸がいっぱいで、どうしよう、と唇をゆがめている。くすぐったくて、恥ずかしくて、気分が良かった。
「あ、そう……練習……俺もした方が良かった?」
「え? 大和さん、誰かとしたことねえの?」
「ないよ。ミツが全部、初めて」
「ちぎっては投げちぎっては投げしてるんじゃ」
「踏み込まれてもいいと思ったのなんか、ミツが初めてだったし」
つーかどういう偏見だよ、と呆れて肩を下げてから、大和はくすぐったそうに微笑んだ。
幸せに満ちた微笑を真正面から目撃して、三月のほおが熱くなる。
「えー……、うわ、え……」
大和のことばひとつで、ほほえみ一つで、三月は信じられないほど体を熱くして、どうしようもなくゆるむ唇を拳の裏に押し付けて……。
ミツが好きだ。
たったひとつだけの、伝えたい気持ちが、大和に三月の頬を取らせた。
口付けるわけでもなく、見つめ返すこともできず。それでも、この手のなかに、三月を感じていたい。
小さな顎、ふっくらした頬、脈打つこめかみ。手の中に、三月の緊張を閉じ込めているのがおかしくて、また笑い出したくなる。
この、胸の底の浮ついた気持ちを、三月も感じているだろうか。
「はー。あんま笑うなって。……その、じゃあ、初めて、もらいます」
「……どうぞ?」
笑うな、と言われたばかりで、もう笑い出しそうになった唇に、三月が噛み付くように口付けた。
強引に押し込められた舌のぬるつき。隙間を埋め合うキス。頬に鼻息を受けて、きっと自分の鼻息も三月にかかってしまっていると思うのに、そんなことを気にする余裕もない。
あわただしく、三月の手が、自分のスウェットをずり下ろし、大和のものに重ねて掴んだ。
「っ、ふ、あんたのも、すげえ濡れてんじゃん」
額を合わせて見つめ合いながら、三月が唇を舐めた。獲物を追い詰める獣の仕草に、ぞくりと胸が粟立つ。
「そりゃ、期待してるんで。ミツが俺の手で気持ち良さそうにしてる間も、ずっと興奮してたよ」
「……じゃあ、ご期待に応えないとな?」
余裕ぶって笑いかけると、三月がニヤリと笑い返した。大和のものに添えていた手を、ぱっと開いて離し──ぐいっと、大和の足首を持ち上げた。
「う、おっ!?」
「もっと濡らしてやるよ」
三月が体を退かし、照明の眩しい光が大和の顔にかかる。思わず目をすがめた瞬間、何か熱くて湿ったものが、大和の過敏なところを包み込んだ。
「あ、あ!?」
「んっ……ふ、マジでぬるぬる……」
「え、うぁ、や、ミツ、マジか!」
マジだよ、とでも返すみたいに、三月の舌が、大和のものの先端をじりじりとにじった。
「あぁ、あ! っ、う、あったかッ、アァッ、それやばいっ……!」
身を捩って逃げたいのに、脚を三月の肩に乗せられ、腰が浮いた状態では、抵抗もできない。
シーツに額を押し付けるように横を向くと、耳が冷たい感触に触れた。シーツが汗にじっとりと湿っている。三月がいつも眠る場所を、大和の汗が、汚している。
「あぁ……!」
ぶわりと、酩酊にも似て、目の端が熱くなった。満足げに、三月の舌がまたうごめく。
ぬめる感触が、頬の内側で、舌で、変わるがわる大和のものを愛撫した。シーツを握りしめる手が、汗で滑る。
「お、おち、る、ぅ」
汗で眼鏡がずり落ちるのを、押し上げることもできないまま、かぶりを振って快感に耐えた。寄せてくる快感の波が、手で刺激するよりはるかに大きい。ばちばちと、頭の奥で何かがスパークするような、激しい快感。
「待って、待ってミツ、でるっ、でる!」
「っはあ、出しちゃダメ……まだ先まで、全部、やるんだろ?」
やっと離れた口が、けれど舌先で、大和の先端の窪みを広げるようにいじめる。じゅうっと口づけて吸われ、大和の喉奥が締まった。
「ひゅ、っ、ぅん! っ……先っぽぐりぐりっ、あぁぁあ! だっ、出したいっ、もぉむりだっ……て、ぇ!」
「今出したら、疲れちゃうから……」
「やあっ、あ、いいっ、いいから……もっ離し……!」
ぎゅうっと、大和の内腿が、三月の頭を締め付ける。ガクガクと大きく震える腿の動きに、三月はさらに大和のものをくわえ込んだ。
「しぼんないで、しぼんないで、っぇぅ」
脚をばたつかせる大和に構わず、三月は大和の根本を掴んで、ぎゅっと絞り上げる。次々にあふれる、大和の快感を示す我慢汁を、手で掬い取った。
粘る液体を、大和の張り詰めたもののさらに奥、窄まって閉じたところに、撫でるように塗り込める。
「ぅ、え!? っ、あ、ま、そこ、撫でんの……っ!」
「はは、すっげ……触ったら、キュって閉じたり、ひらいたりする……自分でもさわってた?」
「ぃ、ぃ、まっ、それ、どころじゃ、……っ」
「でも、吸い付いてくるよ……挿入っちゃう」
「やっやっやっ、や、あぁあ!」
「浅いとこ好き?」
「す、きじゃなっ、あ!」
問いかけておきながら、三月は大和の答えを待たずに、また前に舌を這わせる。反応の良かった先端を唾液で濡らしながら、後ろを指の先でくすぐると、大和の声に涙が混じった。
「うしろっ、う、しろだめっ、前と一緒にすんな……ぁだめ、だっ、だめだめ、ぁぁあッ!」
「スゲー腰上がってる……気持ちよさそう。ちょっとだけ、指、入れるよ」
「ぃっ、い、ぃ……ああっ、あ、あぁあ」
ベッドの脇にかくしてあったローションを垂らして、三月の丸い指先が、大和の、誰にも許したことのない場所を、ぐっと押し広げた。進んでくるものの、実物よりずっと大きく感じる圧迫感。
内臓を奥から引き摺り出されるような感覚に、喉をひらいて泣き叫ぶ。
「ぁ、っあ、声、っあし、おろせ、っ、口ふさぎたい……!」
「なんで?」
「っは、ず、かしい……っ!」
「恥ずかしいの、ダメ?」
「だめ、っ……ぃぅっ、や、めろって、やだ、こんな声……っ!」
「かわいいよ」
「ひあぁっ、ふ、ざけん、っあぁ!」
「恥ずかしいことされんの、好きなんだ」
「好、きじゃ、な、ぁ、っ」
「すげえ溢れてくっけど」
「っせえ、ぅああ、ぁンッ」
いつのまにか、髪を振り乱す動きのせいで、眼鏡がどこかへ落ちていた。
ぼやける視界で、自分の脚をとらえる三月をにらみつける。
三月は、明らかに高揚した表情で、大和に視線を返した。
「かわいー」
「る、さ、ぁ、ぁっ!?」
三月の指先が、大和の中を探るように、さらに深くへ押し込まれた。圧迫感に身を縮こめると、大和の仕草に気付いた三月が、大和のものを深く咥え、吸った。
「はぁあっ!? 待て、バカ、初っ、めてだっつっ、ぁぁ、てんだろ、っ、手加減しろよ、ぉ、おぁ、あっ! いく! イく、イ、いぃいっ!」
どっと衝動の奔流が押し寄せる。