【新刊サンプル】星に願いを

★プロローグ★

 二〇二二年、某日。
 とある、男性アイドルグループのリーダーと、そのユニットメンバー──の、性行為を伴う恋愛小説を創作する一般人が、一つの病を患った。
 それは、「ジカプインポテンツ」──早い話がスランプである。
 エロ小説が書けなくなってしまった彼女は、苦しみの果てに、一つの決意を世界に放った。
 『いいねの数だけジカプがエロいことをする小説を書いて、修行したい』。
「十七いいね来たんだけどなあ。十七個も思いつかないよ……。あー、もう、ミツヤマにどういうプレイしたかインタビューしたい。てか目の前でやって欲しい! 出られない部屋とかで!」
 そんな無責任な願いは、その日たまたま通販で買ったマッサージグッズがハズレでムシャクシャしていた神の手によって、片手間に中途半端に叶えられてしまった。
 彼女のジカプは、本当にエロいことをしないと出られない部屋に閉じ込められてしまったのである。
 しかも。
 彼女のジカプ──IDOLiSH7の和泉三月と二階堂大和は、彼女が妄想するまでもなく、エッチな間柄だったのである……!

★1★

「というわけで、大和さんがアダルトグッズを十七個レビューしないと出られない部屋……あ?」
「ミツ、すごんでも出られないから」
 街ブラ番組のテンションで異常事態を受け流そうとしてみたものの、状況は変わらない。
 パープルのムーディーな照明がついたラブホテルの一室で、一通りの破壊行為をためし終えた三月は、部屋の壁にデカデカと書いてある文字を読み上げて、舌打ちした。
「意味わかんねーじゃん。なんであんたが知らねえ奴にエロい目で見られて、こんな指示に従わなきゃいけないんだよ」
「俺も分かんないけど、ま、そのうち出られるでしょ」
 パーカー姿で両肩を怒らせる三月と対照的に、大和は羽織ったシャツを脱ぎ、ハンガーにかけ始めた。しっかりと骨っぽい背中に、少し汗でシャツが張り付いた大和の後ろ姿を見届けて、三月はじっとりと目を細める。
「……あんた、ファンから下着もらうとか、パンツ泥棒に立ち向かおうとするとか、ほんと、彼氏からしたら心配なんだって」
「心配も何もないだろ、こんなでかい男捕まえて……」
 大和も、警戒していないわけではない。だからこそ、三月が張り詰めすぎないよう、あえて気を抜いて振る舞った。
 白いシャツ一枚になると流石に少し肌寒い、エアコンのスイッチを探して、壁を見渡す。と、三月が先に気付いて、暖房を入れた。
「ありがと」
「……あんま変なとこ触んなよ、なんかあったら……」
「それはおまえさんも一緒な。全国民の和泉三月でしょうが」
「ごまかそうとしてるだろ」
「してません。あんまカッカしなさんな」
 魂胆を見透かされ、大和はベッドに腰を下ろす。その様子に微かに緊張を見てとり、三月もそれ以上は何も言わなかった。
 おそるおそるベッドに座るところなんて見たら、責める気も起きない。今度はしゃがみ込んで、衣装ケースの引き出しに手をかける。
 三月が部屋を調べる姿をため息まじりに見ていた大和も、自分のために怒る様子に思うところがあったらしい。立ち上がって、自分を見下ろしていた三月を、今度は見下ろす格好になる。
「俺だって、ミツの無謀やら無防備やらには、言いたいこと沢山ありますけどね。今だってヤキモチ妬いてる割に、引き出し開けんの躊躇わねえし」
 滔々と語りながら、数歩で三月の背後に立ち。
「やばいもんでも入ってたらどうすん……うーわ。えっちなお道具がミッシリ……」
 気の抜けた声を上げた。
 三月が開けたのは、ふつうホテルにはないような、プラスチックの衣装ケース。
 そこには、ピンクやら水色やらの、肉棒状のものや、何かの液体のボトル、つやつやのボンテージやら、猫耳やメイド服やら、SMもののビデオでしかお目にかかれないような拘束具やら……。何に使うのか、ゼリー飲料やストッキングまで入っている。
 ふつふつと湧いていたはずの、三月の軽率さを咎めたい気持ちも、かき消えてしまった。つい三月の隣に腰を下ろして、ケースの中に手を突っ込む。
「わー……ムチに蝋燭……、これのどこが気持ちいいんだよ……」
「すっご……何だこれ、ドンキの5階かよ」
「渋谷のでかいとこ? ミツ行ったんだ」
 三月の呟きに、大和はやや面食らって尋ねる。
 三月とは、アイドルになってから出会った者同士。アイドルという身の上もあり、恋人とはいえ、恋人だからこそ、二人で量販店のアダルトコーナーを訪ねたことはないはず……。
「行ったぜー。高校卒業してすぐかな。中高の友達と!」
 三月の、アイドルらしい甘い顔立ちは、いっそ萎えるほど夥しい量のアダルトグッズには不似合いだ。三月が懐かしそうにローターのコードを引っ張りあげるのを見つつ、大和はつぶやいた。
「ふーん。女?」
「男だよ! あんまかわいい顔すんなよ、いじめたくなっちゃうから」
 男、と言われても腑には落ちない。誰にでも気楽に接する三月が、クラスでどんな扱いを受けていたかは、容易に想像がつく。男子校出身の大和にとっては、三月のようなタイプは、むしろ男といる方が危なそうに感じられる……。
「お前さんの場合、男でも安心できな……うひぁッ!? 何これ……ッ!?」
 三月はいつの間に手に垂らしていたのか、ローションまみれの手で大和の手を掴んだ。
「ローション。友達とそういうことになったの、あんたが初めてだからな。言っとくけど、オレ、あんたと違ってモテない側だから」
 言ってから、言わせんなよ、と三月が大和の指をぐっと握り込む。
 痛くしないでよ、と情けなく応じてから、大和はため息をついた。
「それ絶対、クラスメイトで和泉三月抜け駆け禁止協定組んでたやつだろ」
「ないって。恋愛ドラマ見過ぎじゃね?」
「いや、ある。ミツが最初、俺とするまで童貞だったっつってたときも、童貞がこんな手慣れた前戯するかよって……痛い痛い」
 大和の呆れ混じりの進言を受け流しつつ、三月は変わらず大和の指をこね、手のひらを指の腹でくすぐってくる。手のひらの真ん中の窪みを滑らせて、薬指の側面を撫で上げ。べたついた指の股を、三月の手は、どこが気持いいか知っている手つきで撫で回す。
 濡れた密着感に、大和は眉をしかめて手をひいた。
「ちょ、くすぐったい」
「あんたに、童貞ちんぽで奥まで突いてぇとか、適当に煽られたの思い出した。ちゃんとじっくりやりたいっつってんのにさあ、恥ずかしがって、早く終わらせようとしやがって」
「悪かったって」
 大和のなおざりな謝罪に、三月は半目をかすかに緩め、唇を歪める。
「今じゃ、指でも感じるくせにな……?」
「あの、手にローションべちゃべちゃ塗り込むのやめてください……」
「んー、どうしよっかな」
「こんな手ベチャベチャじゃ、レビューするやつ選べないでしょうが。つかこれ、なんかいい匂いする……?」
 大和が眉を顰めると、ふふん、と笑い声。
「いちご味のローションだっていうから。面白そうじゃん。じゃ、大和さん、舐めて」
 三月は手を離し、大和の唇の前に、ずいっと人差し指を突き出す。くいくいと煽るように動く指先を見下ろし、大和は口を大きく開けた。
「は?」
「レビューするんだろ? オレの指からローション舐めてよ。それとも、オレに舐められたい?」
「いやいや待てって。ノークッションで本題進行すんな」
 三月の丸く大きな瞳が、きゅるん、と音でも立てそうに煌めく。顔を歪めたままで大和がのけぞっても、手は口に近づいてくるのをやめない。
 ──前にかぼちゃ焼酎やら青いカレーやら通販した時と同じだ……。こいつ、好奇心旺盛っつーか、わくわく顔で突っ走りがちっつーか。やったことないことやってみたい! ってこう、全身で主張されるとさあ……。
 悔しいんだか嬉しいんだか、曖昧な表情で大和は目を閉じた。三月は構わず、大和にほぼのしかかるような至近距離に体を寄せて続ける。
「考えてみたらさ、明日の朝までに戻んないと、オレまた一織に心配されて、親に説明する羽目になるんだよな。エロい部屋に恋人と居ましたなんて、あんただって、メンバーにも親にも言いたくないだろ」
 気持ちがわかる分、親、と言われると抗いがたい。大和は眼鏡を押し上げようとして、指がローションまみれなことに気づいて手を下ろした。
「……くそっ、企画進行の鬼め……!」
 とうとう尻餅をつかされ、三月のきらきら眩い圧に屈した。大和の眼鏡のつるを、三月が唇で摘んで押し上げる。
「褒め言葉だよ! じゃ、レビューしていこっか。いっぱいえっちなお道具使おうな、大和さん」
「面白がんな!」
 愛らしくウインクと共に口付けられて、大和の眉が下がる。顰めていた顔をため息で緩め、大和は床にあぐらをかきなおした。
 不服そうな視線で、じゃあ、と合図する。満足そうに頷いて促す三月に、大和は唇を歪ませて、また嘆息した。
「えーと、そんじゃ、ミツの、舐めていきまーす」
 大和の気のない進行に、三月が吹き出す。
「何でお料理動画っぽい感じなの?」
「気が紛れるかと思って。ミツのとろとろなの、いただきます、つって……」
「……いいこと言ってくれたから、オレ的にはもう星五かな」
「うっせえ~……」
 一瞬前まで笑っていた三月の目つきが、じっとりとした眼差しに変わっていく。そんな見られたら舐めにくいんですけど、と目で訴えても、三月は視線を逸らさない。仕方なく、大和はちろりと舌を出した。
「んっ……」
 おずおずと指を舐める、伏目がちな大和に、三月がふっと頬を緩める。ぴちゃぴちゃとあまい水音を立て、大和はますます眉を寄せた。
「……はあ……うえー、あま……シロップっぽい感じ……あんま好きじゃない」
「甘いの嫌いじゃないのに?」
「いや、マジでドロドロした甘さで最悪……あれかもな、ほんとはこう、フェラが苦手な女の子とかがさ……」
 雑談を続ける大和の唇には、三月の指からピンク色の液体が糸を引いている。粘った液体を赤い下がなめ取るのを見届けて、三月も思わず、唇をなめた。
「……ああ、おくすりのめたね的な」
「この文脈でそれ言うと、エロいお薬みたいじゃない?」
「んっふ、笑わすなって。……あったら飲む?」
「バカ」
 ため息をついて見せながらも、大和の瞳はゆるんでいる。三月は、大和の唇の端に残った液体に、唇を寄せた。
「んっ……」
「くち、甘」
「そういうの舐めたんだって……、っ……」
 ざらつく舌が、べろりと顎下へ滑る。喉元を舐められると、さすがに三月の胸を押し返し、大和が体を反らした。
 口直しの水分を探して、大和がデスク下の冷蔵庫へ手を伸ばすのを、三月が覆い被さって邪魔する。
「ちょっと」
 体を返した肩の上から、押さえ込むようにのしかかられて、大和は目をすがめた。
「いいじゃん、バカになるまでやろ~ぜ」
「なんかもうトロトロの顔してない? ミツのそういう顔、俺弱いんだけど……」
「オレも大和さんのかわいい顔弱いよ」
「うえぇ……」
 大和の腰に抱きついて、うっとりと目じりを緩めて笑う三月に、大和は天井を仰ぐしかない。
 大和は元々三月に弱い。特にこの大きな瞳で期待を向けられることに。
 もっと笑ってほしくなる。三月が望むものを何でも与えてしまいたくなる。なにもかも明け渡して、三月の思うまま、体じゅう貪られたく――。
 打ち消すように首を振って、ため息をついた。
「わかったよ、腰据えて十七個レビューしてやるよ。……いったん手拭かせて」
「あ、オレも舐めたい」
「はっ?」
 よじよじと大和の体の上で身じろいで、三月が顔を近づけてくる。三月の腿の間が、大和の尻の横のあたりに押し当てられた。
 かすかな熱さと硬さ。
 今にもキスしそうな位置でニンマリと笑む恋人の表情と、充満する甘ったるいいちごの香り。
 目尻のあたりがかっと暑くなる。このままじゃ……俺までシたくなる……。
 身を引こうとした大和に、三月がぐっと体重をかけた。
「どこ舐めて欲しい?」
「どっ……手舐めるんでしょ」
「大和さんの口にも、舌にも、たっぷりついてるだろ……?」
「たっ……」
「うはは。生唾飲んじゃって。かわいいな……なあ、舌、出して、オレに舐めさせて……?」
「……マジでその順応力なんなの……」
「楽しまなきゃ損じゃん! はい、あーん?」
 観念して口を開ける、素直で従順な大和に、三月は満足げに口付けた。口腔の内側を舌で丁寧になぞって、舌の腹のざらついたところを合わせる。夢中になって口を蹂躙してくる三月に、大和は鼻から息をつき、目を閉じてこたえた。
「んっ……ふ、ぅ……んむ……っン……」
「っふ、どう? 星いくつ?」
 すっかり蕩けた顔つきで、離れる三月の唇を惜しむように見つめた大和に、三月がたずねた。
「……んー……味はあんま好みじゃなかったけど……舐められんのは、割と、よかったです。星三で」
「まずいなら星二とかじゃねえの?」
「レビューって、一とか二とかつけんの勇気いらない? これはこれで作ってる人がいるわけじゃん。申し訳ないっつーかさ……俺たちだって一応、歌とかレビューされる側なわけだし」
「あー、わかる。実家の食べろぐレビューの星の動きとかも、そこそこ気にしちまってたなー。ダメならダメ! ってすぱっと書かれた方が、こなくそ! って次頑張る力にもなるけど」
「まあ、それもミツの美点だよな。そんじゃ、お兄さんも次、頑張りますかね」
 三月の話を聞きながら、大和はようやく見つけたティッシュで手を拭いた。振り向きざまにさらりと告げられ、たじろいだのは三月の方だった。
「……さらっと褒めるし……」
「はは。ミツへの評価はいつでも星五の最高評価なんで、っおわ!?」
 大和の受け答えに、三月はちいさく唸って、どん、と体当たりにぶつかってくる。そのまま腰に腕を回して抱きつかれ、大和は三月の顔を胸で受け止める格好になった。丸めたティッシュの行き場に困り、ベッド脇のゴミ箱めがけて投げてみる。
「何でそんな甘いの」
「いちごローション舐め過ぎたかもな。……まあ、ちゃんと本心だよ。ずっと言ってんでしょ」
「うん……ありがとな」
 ぎゅうっと大和を抱きしめて、しおらしそうな素振りを見せる三月に、背中を撫でてこたえる。ふと、三月の向こう側の引き出しの中に、赤い筒を見つけ、大和は三月を抱きとめたままで尋ねた。
「あ、ミツ。レビューってさ、自分に使わなくてもできるよな」
「うん?」
「よくあるじゃん、ダンナ用に買いましたーとか、娘に買いましたーとか」
「ああ。彼氏に使ってみました……って?」
「そ」
 答えながら、三月の体を胸の上で揺すって、大和は眼鏡を押し上げた。
「あとでアレ使わせてよ。天下のテンガ様」
 にやにやと、攻勢に転じる機会に頬を緩めた大和に、三月がこめかみを引き攣らせる。
「おわあ〜……オレそれ、一〇分もたないかも。昔友達にそれの使い捨て版みたいなやつ貰って、やばかったんだよな……」
「……俺のこことどっちがやばい?」
「っ、あんまかわいいこと言うなっつってんだろ!」
しおらしくしたり慌てたりと忙しい恋人は、言葉の通り、大和の上で体を熱くさせ始めている。下腹部に載せられたまだ少し柔らかい場所が、ジーンズの硬い布越しに、ぐっと大和に思いを告げた。
挿入りたい。
聞かなくても、三月の気持ちが分かる。心臓が熱く打った。
果たして、夕焼け色に蕩けた瞳は、気まずげに歪んで、大和を捉えた。
「オレは、別に今やってもいいよ。あんたばっかレビューしてると大変だろ」
「や、あとでいいよ」
「なんで?」
 不思議そうに見上げてくる三月を胸に乗せたまま、天井へ目を向ける。
目が合ったら。逃げられない。
「……今出させちゃったらもったいないじゃん」
「……? なにが?」
 さらに問い詰められ、大和は今上げたばかりの眼鏡を押し上げるふりをして、顔を隠した。
「……まずは普通にやりたいって話。どうせなら。こんなエロい部屋にミツと二人で、手まで舐めさせられて……俺だって溜まってんだよ」
口早に告げる。ため息とともに吐き出した本音を、三月は瞬きして受け止めた。
「……そ……っか……」
照れを隠そうと、そーですよ、と投げやりに呟くと、熱いため息を胸の辺りに吐きかけられる。
「……もうレビューとかいいから今すぐやりたい……」
「はは。さくっと残り十六個レビューして、セックスして出ようぜ」
 三月の、抱きつく力が強くなる。笑いを返して、大和は引き出しに視線を投げた。

[1]いちご味ローション ★★★☆☆
 …味はあんま好みじゃなかったけど、舐められんのは、割と、よかったです。

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