【新刊サンプル】星に願いを

★2★

「やるっつったはいいけど、どれからやるかだよなあ」
引き出しの前に二人で膝を並べ、いかがわしい引き出しを覗き込む。大和の肩に少し肩を触れさせてくる三月は、さっきの言葉通り、既に体温が高い。
「ミツが使ってみたいやつでいいよ」
「あんま知らないんだよなー。ちょっと興味あるのはなくもないけど」
大和より少し小づくりな手が、缶コーヒー程度の太さの肉棒状のものを鷲掴みにする。無遠慮な手つきに、三月が触れてくるときの耐えきれない手つきを思い出し、大和は軽く咳払いした。
三月が続ける。
「こんだけあると、エロい気持ちより壮観って気持ちがさ……」
「だよな……人類のエロへの探究心、あっぱれだわ……」
ざっと見ただけでも、引き出しの中には、数十種類のアダルトグッズが準備されているようだ。
「つーか搾乳器まであるし。AVで見たことあるけど、母さん思い出してなんか申し訳なくなったな……」
「あー、上の子は使ってるとこ見るかもな……」
三月が掴んだのは搾乳器ではなく、乳首を吸引するシリコンローターだが、言わずに話題を変える。
「ミツもオモチャ使ってるAVとか見るんだ。女のコ向けのやつしか見ないと思ってた」
「どういう偏見だよ。たまに前戯に出てこねえ?」
「あー」
適当な相槌を打ちながら、大和は目を閉じた。三月のアダルトグッズの知識量が、明らかに自分より熟れていないことがむず痒い……。
「だから、電マとかは割と興味あるかな。すっごい声出てるやつとかあるじゃん」
「お前さん、声出させたがるよな」
「その方が盛り上がるじゃんか」
酔ってもいない状態でこういう話をするのに抵抗があるのか、三月は少し耳を赤くしながら、唇をとがらせている。童顔に見られがちな、ふっくらと赤い頬には、確かに不似合いな話題だ。
触れ合っていた肩が少し離れたところが、かえって生々しい。
恥ずかしそうにされると、むしろからかいたくなってくるな……あらぬことを考え、小さな器具を摘み取る。
格子状に金属の棒が交差した、3センチ程度の万力状のもの。
「これとか、乳首つまんで絞るやつっしょ?SMじゃん」
「あ、それそうやって使うんだ。よく知ってたな」
「まあ、一般的な教養だろ。……この、シャープ記号みたいなやつの真ん中に、こう……」
一般的じゃねえと思う……三月がぼそぼそと反駁するのを黙殺し、指を乳首に見立てて、乳首クリップを実演して見せる。
ふと、気づきたくなかった仮説に気づいた。
三月は気づいていないようだが、大和にレビューさせる目的でこれを準備した奴は、胸にシャープの記号のついた大和の衣装を暗示しようとでもしたのかもしれない……嫌な想像が頭をめぐり、指を絞る手が止まる。
「摘むっつったってさ……あんたの乳首そんなに大きさないだろ」
三月は大和の指からクリップを抜き取って、大和の胸元に無造作にあてがった。
「ンっ」
「え?」
大和の反応に、三月がきょとんと目を開く。
前髪越しに見上げてくる大きな目から視線を逸らし、大和は俯いた。
「……大和さん……」
呟きながら、三月がクリップを床に置き、いま掠めたばかりの場所に指を載せた。
「……っ、冷たくてビビっただけ……」
「そっか」
「っ、ちょ、さわんなくていいでしょ、……ッ」
「あんな、ちょっと触っただけで、声出ちゃうんだ」
「びっくりしたんだって、っ、ちょっ……ほんと……ぅ……んッ」
三月の手首を掴んで抵抗しても、三月は大和の乳首のあたりを指先でくすぐってくる。シャツ越しにも、かんたんに探し当てられてしまった乳首は、ささいな刺激ですでに勃ち上がりつつあった。
「やっ、だ、め、……ッ」
唇を噤んで息を飲む。三月は大和の背中側から覆い被さるように両腕を回し、はじいたり、摘んでとんとんと指先でたたいたり、やわらかな刺激を繰り返した。
「服に、擦れッ……」
「擦れるの気持ちいい?」
「やっ、やばいっ、あっあッ」
一度声を出すともう耐えきれない。震えた肩越しに三月を睨むと、三月は唇を軽く舐め、熱っぽい瞳で大和を睨み返した。もっとしたい、と求めるような──。
「なあ……これ、使ってみる……?」
ぴとりと、大和の胸に、三月が手にしていたものが押し当てられる。
丸いフォルムの先端──電動マッサージ器が、大和の胸の尖りを押し上げた。三月の指は、スイッチのツメにかかっている。
このまま、三月が指に力を込めれば、知らない振動が、敏感なところを──。
「……っ、待っ……て……」
「……じゃ、後で使わせて」
ぺろりと舌を出して、三月が電マをベッドに置く。この後も使うことが確定したらしい。三月の体が離れていく。
大和はほっとため息をついた。
されたくなかったような、強引に、このまま、始めて欲しかったような……。
「……まだ選んでんのに、ちょっかい出すなよ……」
「大和さん、選ぶの遅いからさー」
「お前さんほど、知ってる道具が限られてれば、選ぶのも早いんだけどな……」
「え?」
「なんでもない」
悪びれない三月に、息を整えながら小さく愚痴り、大和は眼鏡を押し上げた。
「じゃあ、一番小さいやつ……あ、これとか? ケツに入れんのか? すげえ小さいけど」
 大和がアダルトグッズの山から引っ張り出したものは、さっきの乳首クリップと同じくらい小さい。確かにこの中では最も無害そうだった。
 爪ほどの大きさの、握りあとのついたレバーのようなものが、紐の先端にぶら下がっている……バイブのミニチュアのような形。
 用途の想像がつかない道具のパッケージには、見慣れない用語が書かれていた。
「プロステートチップ……? ググるわ」
「あ、使い方書いてある……」
 スマホを手にする三月の横で、大和がなんの気なくパッケージを裏返す。三月もまた、検索先の画像を開いて、その道具の使い道を理解した。
 プロステートとは、「前立腺」。
 普段の三月が、後ろから刺激することで大和に快感を与えている部位。それは、男性器の根元、膀胱や精嚢から性器へ繋がるパイプを、包むように存在している。
 その部位を、尻側からではなく、ほぼ直接刺激する器具──。
 尿道口からの挿入。出られない部屋からの脱出に、まさかまだ新たな入口があろうとは。大和は天を仰ぎ、それから、三月の肩を叩いた。
「……み、ミツ。これはやめよう」
「え? やめんの?」
「キラキラした目すんな! やりたいの!? お兄さん嫌ですけど!?」
「やりたい……ネットにすっごい気持ちいいって書いてあるよ……? すっごい気持ちいい大和さん見たい……」
「お前さんのその、いちいち俺の恥ずかしいとこ見たがるのなんなんだよ!?」
「かわいいじゃんかー」
「……いや、……無理でしょ、俺のちんこ壊す気か」
「壊れねえようにこの大きさなんだろ? 痛くしないからさあ」
「根拠ねえ〜……ちょっと、いや、保留で……もうちょっとマイルドなやつからやろうぜ……」
 大和の隣であぐらをかいた三月は、同じくあぐらをかく大和の股ぐらを見下ろしてから、ちらりと大和に視線を投げた。
「……やだ?」
「……保留」
 さっき三月に触れられたことや、このシチュエーション、三月の指をしゃぶった口内への刺激──昂るには十分すぎたいくつもの出来事から目を背けるように、大和は腰を浮かせ、引き出しの物色を続ける。
「……そうだよなあ……」
 大和の突き出された尻を見て、三月の喉が、ごきゅんと鳴った。生々しい音に気づかないふりをして、手元に視線を下ろしていた大和の背中に、影がかかる。
「うおっ!? え、っや、おいこら、まだシャワー浴びてねえよ……っ!」
カチャカチャと、三月の手が、大和のベルトを外していく。
「きつそうじゃん」
「そうだけど……!」
 ずるり。突き出した腰から、三月の手が強引に大和のジーンズを引き下ろし、尻たぶを掴んだ。三月の手を払い除けようと体を捻ると、待ちかねたように口付けられた。
「んっ……んんっ!? ン、ンー!!」
 大和の口をキスで塞ぎながら。三月の手は、大和の尻に冷たい何かを押し付けていた。にゅるりと、なにかが、大和の中に押し入ってくる。明らかな圧迫感に、高く裏返った声が上がった。
「あ、! あ、ぅあ……っ!」
 頭を振ってキスから逃れ、自分の後ろを見下ろせば、三月が大和の尻にローションを押し込んでいる。さっきとは違うパッケージのそれは、大和の中へ入ってくるなり、熱を帯びて、大和の中を引き攣れさせた。
「なぁっ……!? っこれ、熱……!」
「温感ローションだって。あったかいな」
「あったか、い、けどぉ……! んなの、何で……ッ!」
 三月はじっとりと濡れた目を細め、大和を見上げる。
 シたい。三月の視線が告げる明確な性欲に、大和は眉を寄せて首を振った。
「やっ……」
「大和さん、後ろの準備すると腹冷えるからやだって、前言ってたじゃん」
「い、今じゃない、今じゃないって……これやだっ、なんかゾクゾクする……う、ぅ」
 突然の闖入に、ぜえはあと息を荒げ、額までほてらせた大和が、三月に懇願の視線を送る。助けを求めるような熱っぽい目つきに、三月は嬉しそうにキスを落とした。
「じゃ、洗う?」
「洗う、洗ってくるからどけ……ッ」
「ナカ、オレが洗ってもいい……?」
 たずねながら、三月の指が、後ろをぬるりと擦り下ろす。後ろから陰嚢の裏の辺りをとんとんと叩かれ、大和は涙を浮かべて舌打ちした。顔を寄せてくる三月の頬を、片手で強く押し戻す。
「っ自分でやってくるから。お前さんは使うエログッズ決めとけよ……」
 強い目つきと口ぶりで威圧しながら、大和は突き出した尻の間を手でおさえ、目には軽く涙さえ浮かべている。
 これ以上は押せないか、と、三月も体を離した。大和はまだ、苦しげに吐息している。
「っくそ、締めてないと……こぼれる……ぅっ」
「……エロ……」
「るせ……っ、は、ぁ……」
 くるしそうに足を震わせて立ち上がる半裸の体を、じっとりと見送る。電気がつくまで気が付かなかったが、風呂は部屋から見える仕様らしい。大和がバスルームの壁に手をついて俯くのが、透明なガラスの壁を隔てて見えた。内腿の、ローションに濡れたてかりまで。
 ……うわ、ちょっと股んとこ滴ってる……大和さん、完勃ちじゃん……。
 三月は咳払いして、バスルームへと声をかけた。
「大和さん、そこの壁ガラスだから、見えてるぜ。洗ってるとこ見ててもいい?」
 三月のわざとらしい取り繕った声に、大和が湿った視線を部屋へ向ける。既に後ろに指を立て始めていたところで、ようやく、事態を把握したらしい。
 ぼうっとほてっていた顔が、耳まで赤らんだ。
「いいわけないでしょ! いい加減にしろ」
「だよなー」
 仕方なくバスルームのガラスに背中を向けて、使ってみたいアダルトグッズをベッドに並べていく。
 使うと約束したテンガに、温感ローション。さっき大和に保留と言われたプロステートチップも、その一つに加えた。
 背後では、シャワーの音に紛れて、微かに大和の喘ぐような声が響いている。高く引きつれた声が消え入るように響く、聞き慣れた大和の声。そういえば、二人きりでじっくり体を触り合う機会なんて、随分久しぶりだと思い出す。
 あのかわいい声を、あの、口では反抗しながらも、三月の手に素直に反応する、愛しい体を。いまから、どんなふうにめちゃくちゃにしてやろうか……。
 ベッドの上を見下ろすと、気づけば大和に使ってみたいものがいくつも並んでいた。毒々しいほどのピンク色や、リアルな凹凸のあるもの……。それを挿入された大和が、どんなふうに身を捩らせて、涙を浮かべて三月の下で乱れるのか、想像するだけで、下着の中に血が集まる。ぐっと窮屈になった下腹を押さえ、三月は目を伏せた。
「……やばい、オレが先に我慢できなくなりそう……」

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