幼少期の写真にまつわるSS
●四部以降の大和
「大和」
久々の帰省。特に食べたいものもないのに、父が何度も聞くものだから、適当に答えた寿司を取り寄せてもらった。ぶどうえびを食べていると、父が着物の袖から一枚の紙を取り出す。
「何」
「大和の番組を見た」
「俺の番組? どれだ……ノースメイアのやつか? あんたがくれた服はさすがに、番組では着ねえからな」
「分かっているよ。そうじゃない、あの……キミと愛ドリッシュNightという番組があっただろう」
「WEB番組の方? あんた、WEBの番組なんか見るんだな。フリック入力もできないくせに」
「千に教わった。大和のファンなら見ておかないといけないらしい」
「余計なことを……つーかファンってなんだよ」
「大和のことを応援する人間はファンだろう」
「白々しいな……あ、いや別に……いいけど」
つい棘を混ぜて話してしまうのは、もう染み付いた習慣のようなものだ。今更素直に話すのも気恥ずかしいし、自分のために一線を退いて老けこんだその人をどう扱えば良いのか、戸惑ってもいた。敬いたい気持ちも、何か孝行してやりたいような気持ちだって、多少はあるけれど。
気まずさを、えんがわと一緒に飲み込む。父はそんな大和の仕草を何とも思わないのか、話を続けた。
「幼少期の写真を当てられるかの企画があったが、大和の写真はなかった」
「あー……家まで写真取りに来るの面倒だったんだよ。あんたが写ってる写真しかなかったら使えねえし……それが?」
「これはどうだ」
「……なにこれ? 俺?」
志津雄が座卓に置いたのは、淡いパステルグリーンのロンパース姿の乳児が、べっとりと口の周りを鼻水やミートソースにまみれさせ、和服姿の男性に抱かれている写真。抱かれている……と言うか、よじ登って、口元にしゃぶりついている。
「大和が八ヶ月の頃だ。僕はよくわからないが、離乳食のパスタを食べさせろと言われて、大和を抱いて食べさせていた。すると大和が僕の髭に興味を持ち、僕の肩に乗りたがった。乗せてやれと若者に言われたから乗せたんだ……」
「そんで着物にベッタリミートソースつけられてヨダレやら鼻水やらなすられたわけ」
「その写真の通りだ」
「……この着物さあ、何百万かするんじゃねえの」
「七百万……だったかな。大和が生まれたときは、いずれ大和に譲りたいと思っていたが、大和は僕より大きくなったから、大和にはまた新しいものを仕立てよう」
「いやそれはいいよ、俺着物着ねえし。じゃなくてさ……なにこの写真。あんた、こんな……デレデレみたいな顔すんの」
「そう見えるならするんだろう。大和が生まれてから、演技の幅も広がった。この頃の大和は恐れ知らずで、僕にも、世界にも、等しく興味を持っていた。なんの色眼鏡もない幼い魂に値踏みされるのは、新鮮で、興味深かった。これは大和が僕を認めて自ら口付けてくれたという……」
「あんたが食ってる寿司に興味あっただけだろ! 二十二年も前の写真ウキウキ引っ張り出してんじゃねえよ……とにかく、この写真はいらねえから。使えねえし。つうか捨てといて」
「気に入っているんだが……大和の口の周りのミートソースがあどけなくて、子どもらしくて……この時の着物も、油の染みは抜けなかったが取ってある」
「やめろ! 捨てろ! いい年こいて息子にキスされてる写真懐に持ち歩いてんじゃねえよ! 今のあんたもすげえデレデレしてるからな!」
「しているかな」
「ああもう……! いい、帰る」
「寿司、皆さんの分も取ったから、持って帰りなさい」
箸を置いて立ち上がった大和を呼び止めて、志津雄が部屋の隅を示す。積まれた高価そうなお重は、大人数の寮生活ではめったに見るものではない。
「……さんきゅ。それは、あいつら喜ぶ」
「ああ。あとメロンと、頂き物の和菓子があるから……」
「いいから! 毎回あんたがそれやるから最近じゃ次いつ帰省すんのかって全員にせっつかれるんだよ! 特にオレンジ頭の奴と腹ペコの高校生!」
「育ち盛りだろう、これで何か食わせてやりなさい」
いくつもいくつも並んだ高そうな桐箱ばかりか、分厚い茶封筒まで差し出され、大和は眼鏡をずり上げて父をにらんだ。
「俺もあいつらも自分で稼いでるっての! 帰るからな」
「うん……次はいつ帰ってくるんだ」
「……来月! じゃあな!」
*
「ったく、実家帰るたびに山ほど荷物持たされる……おーい、だれかー、玄関取りに来てー」
どさどさと荷物を三和土に置けば、オフだったらしい三月と、学校帰りらしい一織が玄関に現れた。
「二階堂さん。おかえりなさい」
「あ! 大和さんまたすげーお土産もってきてる! 晩飯作んなくて正解だったなー」
「そうですね。四葉さんと七瀬さんが、また喜びますよ」
がさがさと袋の持ち手をまとめて掴み、三月が寿司を運んで行く。一織もメロンの桐箱を持ち上げて後に続いた。
「一織も嬉しいだろ? メロン、パフェとかにすんのもありだよなー……あ、大和さん、これわさび入ってる?」
「サビ抜きじゃね? リクが刺激物苦手だって母さんには伝えたから」
「オレらに食わすもんまでいつも悪いなー、お母さんにお礼言っといて!」
「ええー、いいよ……」
「言っといて! こんなことでもねえとあんた、……あれ? これ何だ? なんかの記事……?」
ふと、三月が、袋の中に一枚の切り抜きを見つけて手に取った。
やや古びても見えるその紙は、ちいさな、スポーツ新聞の一記事。ブラックオアホワイト、IDOLiSH7vsTRIGGERと記されている。
きっと何かの拍子に紛れ込んだのだろう。ずっとまえに、楽屋に贈られていた、名前のない楽屋花を思い出す。
大和の家族がどんな思いで見守っていたかは分からない。それでも、重たすぎるほどの高級そうな食事の数々を抱える腕に力がこもった。
「ほんと、愛されてんなあ、オレたち!」