環くんの年賀状

「おー……まーな……だろ」
ぼそりぼそりと、環くんの呟く声。
最初は誰か友達と通話しているんだと思っていたけど、よく見れば、環くんの手には、スマートフォンじゃなく、ハガキが何枚も握られている。
「……年賀状?ファンの子から?」
「んー、ファンかもだけど」
環くんが裏に返して見せてくれた年賀状には、普通の家族宛に普通の家族から送るような、賞状を持った写真や風景をバックにした家族写真が載っているものもある。明らかに、ファンの子達がくれるものとは違って見える。
「こいつら、小学校のダチ」
『テレビで見てびっくりした。アイドルやってたんだな!歌もダンスもうますぎ、CD買ったぜ』。
『四葉、昔はスカートめくりとかして女子と喧嘩してたのに、今じゃ女子にキャーキャー言われてんの、面白いわ。ライブいつか行く!ちなみに、前回のチケットは取れなかった。お前、人気すぎ!』。
男の子らしい粗雑な書きぶりの文字には、確かに環くんのことを大切に思いながら書いたのだろう文章が並んでいた。
「施設行くとき、施設の住所とか覚えてなくて、年賀状もどっかやっちゃって、なんか連絡先なくしっぱなしだった」
「君がテレビに出たから、こうしてまた、出会えたんだね」
「理のことしか、頭、なかったけど。うれしい」
「よかったね」
会話しながらも、環くんの手元ばかり見続けてしまう僕に、環くんが眉を下げて笑う。
「気になんなら、見てもいーよ」
「ありがとう」
差し出された手紙の住所は様々で、姉貴の子どもにバイト代でお年玉やるだとか、おすすめのゲームの話だとかが、写真の合間を埋めるように並んでいた。王様プリンの絵を描いてくれている子も何人かいる。年賀状には、環くんの好きなものばかりが詰まっていた。
そのなかに、たまに僕の話も出てきた。
『相方の人優しそうでよかった。元気でやれよ』。
環くんがちょうど手にしていた葉書の文章が目に入り、思わず訊いてしまう。
「なんて返すの?」
「そーちゃんはけっこうヤベー」
即答だった。目をまたたく僕に、環くんはやっぱりみたいな呆れた顔をしてみせる。
「僕、ヤバいかな?」
「一人ですぐ腹痛くなるまで仕事する。だから俺がついててやんの」
「……って、年賀状に書いてくれるの?」
「書かねーよ!恥ずかしいじゃん」
環くんがバッグから直接、大きな手でごっそりとカラーペンを取り出して、机にバラバラと並べる。この分だと葉書も、と思ったら、年賀状は丁寧に、買った時の袋に入れたままの姿でバッグから出てきた。
環くんは、誰かにあげるものを、大切にできる子だ。僕もたくさんのものをもらった。
だからかもしれない、こんなことを言いたくなってしまうのは。5
「ほしいな、環くんの年賀状」
僕が呟くと、環くんは変な顔をした。
「これ?」
環くんの手元にある年賀状の束を見つめていたせいで、それを欲しがったと思われたらしい。
「君が貰ったやつじゃなくて、君から、僕宛に」
「はがき、足んねー」
「僕が買ってくるよ」
「一緒に住んでんのに……」
「だめかな?」
「……いちばん最後に書く」
「うん。僕からも書くよ、君に、年賀状。書けたら一緒に出しに行こう」
「2月とかになるかも」
「そしたら、旧暦初めての年賀状になるね」
「きゅう……なに」
「昔のカレンダーだよ。今よりも一ヶ月が短かったんだ。今年は1月25日が旧正月」
「国語でやった?気がする。いおりんのたんじょーび」
「そうだね。今年はどんなお祝いをしようか……」
君と出会って、君に見えている世界が僕と全然違うことに驚いて、戸惑って。
今はそのことがとても楽しい。たわいない話を重ねるたび、心の温度が一度ずつ上がっていくのがわかる。
君の好きなものが増えるたび、君の世界が明るくなるたび、僕の世界にも光がさしてくる。
また今年も、君の好きなものが増えていきますように。
「あけましておめでとう」
「なんで今?」
「言いたくなっちゃって」
「もう言ったじゃん……ことよろ」
「うん。ことよろです」
環くん。みんなに愛される、僕の大切な相方。君をみてるよ。君に見えている世界を僕も見たいんだ。
今年も、よろしくお願いします。

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