MEZZO”の幸福論 

MEZZO”。

IDOLiSH7を7人でデビューさせるため、先に人気が突出した2人を他事務所に引き抜かれないよう、避難的にデビューしたユニット。

その出会いは偶然で、その運命は必然だった。

抜群に相性が悪いと思っていた、生き様の異なる二人は、IDOLiSH7の寮で、隣の部屋で暮らしている。

びゅうびゅうと、なにか寂しい音がして、壮五はつい隣室を訪れた。

窓が細く開いているせいで、隙間風が吹き込んでいるらしい。

この部屋に、入るよ、という一方的な申請だけで足を踏み入れるようになって、もう2年が経とうとしている。

色々なことがあって、環は壮五を、壮五は環を、少しずつ分かって、分からないところは分からないところのままで、それも含めた相方を、愛しく見守るようになった。

その相方はいま、いつものように散らかったベッドの上で、お気に入りの王様プリンのクッションも抱きしめず、折り曲げた長い両脚を抱えている。

壮五が窓に歩み寄ろうとしたとき、環がその横顔に、ぽつりと呟いた。

「今日、ファンに、幸せになってねって言われた」

壮五の足が止まる。

「りっくんとか、幸せってよく言う。ナギっちも、アーユーハッピー、言うじゃん。幸せって意味だろ」

説明下手な環が、たどたどしく、自分の気持ちを言葉にしていく。

足の踏み場もないような四角い部屋の真ん中に、雑多に散らばった、制服のネクタイや、ゲーム機の充電コードや、何かのおまけらしいストラップ。

それらが彼の生活のどこに紐づいているか、どれも壮五は知っている。

クラスは楽しいのかな、ナギくんと遊んだんだな、一織くんにあげるのかな。

環のいま生きる世界のことは、思考をめぐらせるまでもなく、直観的にわかる。

壮五は環に背を向けたまま、窓枠に手を掛けた。

環が自分を見ていないのは分かっていた。

そして自分が環の声をちゃんと聞いていることを環も分かっていると、壮五は知っている。

「俺は、ハッピーって聞かれたら、ハッピーって言う。プリン食ってたらうまい。ライブ楽しい。なんか、いいことあると、うれしい」

それでも。

「でも、理は、俺んこと……」

壮五は、環の、壮五と出会う前の暮らしを、すべては知らない。

「……分かんねー。幸せ、だけど、幸せじゃないかもって、グルグルする」

環がため息をついて、ぼふりとベッドに身を預けた。

その音の重さのぶんだけ大きな体には、まだ幼い子どものように家族を求める不安と、大人になってゆく青年の悩みとが、一緒くたに渦巻いている。

「みんなさ、どんなときに、幸せだなって思うん?」

環の問いに模範的に答えることは、難しいことではない。

2年前の自分なら、充実した生活を送って、一定量の満足を得られている実感のある状態を、いくつか例に出しただろう。

でもそれは、今の自分が彼の人生に注いであげたい言葉ではない。

幸福は全人類に一律ではない。

壮五自身の親類が、愛する音楽に生きた壮五の叔父の人生を低く見積ったような認識の違いは、世界中に転がっている。

それどころか、寝食を共にする、血を分けた家族の間でさえも。

それでも僕は、君といると幸せになれるんだ。

信じて身を預け合う喜びが、幸福なんだと思う。

幸福の形なんて、人それぞれ違うはずなのに、僕は、きっと君も、僕らが一緒に歌っている時、すごく幸せなんだよ。すごいことだね。

そう言ってあげたいと、壮五は窓を開け放った。びゅう、とひときわ強く吹き込んだ風がカーテンをはためかせ、やがて静かに夜の空気を巡らせ始める。

壮五は、環を振り向いた。

環もまた体を起こし、ばちりと、互いの目が合う。

壮五は環のベッドへ近づいて、王様プリンのクッションを環に持たせてやった。

「環くん、知ってる?」

「何」

素直に王様プリンクッションを抱きしめる環に、壮五は微笑む。

「世界で4番目に幸福とされているバヌアツ共和国では、食人文化が根強かったんだ。

敵対部族の捕虜から力を取り込む目的で、儀式の後に食べるんだけど、人を食べると脳の神経などに悪影響を及ぼすタンパク質が体内で生成されてしまうから、本来は食人に利はないはずなんだ。

それでも……」

「待て待て待て待って!待てってそーちゃん!怖い話すんなー!」

壮五の口から滔々と語られた持論は、なぜだかとんでもない遠くの海から出発し、環の思考を停止させてしまった。

かけがえのない隣人として、愛し合っている自信はお互いにある。共に居て、同じ幸せも感じている。

けれど、お互いの思考は今も分からないところだらけだ。

……そーちゃんが俺のために言ってくれてんの聞いてやりてえけど、怖いのは無理!

環が耳を塞ぎながら部屋を飛び出し、リビングへと駆けていくまで、あと数秒──

「逢坂さん、また四葉さんを怯えさせましたね……今度は何の話をしたんです」
「異なる生育環境の人々が同じ条件で幸福を感じるのは奇跡みたいなものだから、僕が環くんと居て幸福を感じられるのが嬉しい、君に会えてよかったって言いたくて……」
「いいじゃないですか」
「南太平洋の食人文化の話を……」
「本当にどうしてなんですか?!」

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