環の六者面談
【四葉環】環の六者面談
環くんの三者面談の話です。
「あの、今日は、三者面談なんですけど」
担任の困惑した第一声に、糸目の男は神妙に頷く。
「はい。わかってます」
「すみません……社長がどうしてもときかなくて」
「聞かなかったのは万理くんだろう。僕は雇用主だよ」
「俺だってマネージャーですよ。今の環くんの仕事を一番詳しく知ってるのは俺です!」
糸目の男と長髪の美形がやんやと騒ぐ傍らで、テレビでよく見かける猫目の男が眼鏡を押し上げてため息をつく。
「だから、俺が来るって言ったんですよ。担任の先生困ってるじゃないですか。タマの生活してる場所でリーダー張ってんの俺なんですから」
仕立ての良いスーツのポケットに指をかけ、斜めに立つその男に、隣の色素の薄い男は眉をひそめて見せた。
「待ってください。僕が一番環くんのことを知っていますし、適任です」
「いーや、ソウは贔屓目が過ぎる。タマのこと庇おうとするから、絶対担任の先生丸め込んで話の趣旨うやむやにして帰ってくるね」
「……大和さんだって、環くんに厳しいこと言えるんですか?」
「まあまあ、壮五くん。その話はもう事務所でしただろ。俺も社長も大和くんも譲らなくて、こうして四人で来ることにしたんですけど……担任の先生、いいですよね?」
長髪の男が、マネージャーです、と言った言葉が信じられないほどの美しい瞳で、担任に視線を流してくる。
うっとりとその視線に絡め取られかけ──。
「ぜっ……前代未聞ですよ!六者面談なんて!」
「「「「まあまあ」」」」
担任の叫びに、4人の男がいっせいに両手を広げてなだめ始める。
環はこらえ切れずに吹き出した。けらけら笑う環を見て、男たちは目元を和らげた。
「ま、そういうわけなんで。始めましょうよ、センセ。タマもこれでいいよな?」
「っふ、ははは、いーの?俺はいーけど」
「……四葉がいいなら、先生はこれ以上言いませんが……」
「いいんだね、環くん。君がいやなら、社長や万理さんや大和さんだって、引いてくれると思うけど」
「壮五くん、さりげに僕や万理くんより自分をアピールしてるね」
「うちのMEZZO”は超超超仲良しなので!」
胸を張った長髪の男をちらりと見て、環はまた、くすぐったそうに笑い出す。
「いーよ。はは、ほんと、みんな俺んこと好きすぎだって!」
*
「環おかえり!三者面談どうだった?」
キッチンを覗くと、エプロンを前で結んで腕をまくる、見慣れた小さい体が駆け寄ってきた。オレンジの髪をぴょこぴょこと揺らして大きな瞳で見上げる男に、環はふっと唇を緩め、冷蔵庫にもたれる。
「ちょーウケた。ヤマさんとボスとバンちゃんとそーちゃん、みんな先生の話うんうん訊いてて、先生のが緊張してんのな。で俺の成績の話になったら、でも仕事はがんばってるーとか、ダンスうまいーとか、みんな褒め出してさー」
みんな俺んこと大好きじゃんな?
目を細めて頬を染めて、何より嬉しくてたまらないという表情で首を傾げる環に、エプロンの男も嬉しそうに笑った。
「オレも環が大好きだぜ。手洗ってきな、お前がもたれてる冷蔵庫に、手作りプリンあるから」
プリン。好物の存在を明らかにされ、環は宝箱でも目にしたように、目を輝かせて冷蔵庫を見た。
「やった!みっきー大好き!」
「手洗ってからだっての!」
三月の小言を背に受けて、環はキッチンを後にする。リビングでテレビを見ていた金髪の男と、赤髪の男が、環を振り返った。
「環!おかえり!」
「タマキ!三者面談、どうでしたか?」
「はは、みんなそれきくー。すげーウケたよ」
言いながら既に笑いをこらえている環に、二人も顔を見合わせて笑った。
「ふふ、環、嬉しそうだな!オレまで嬉しくなってきちゃった!」
「イエス。タマキ、Happyですね」
「おー。ハッピーハッピー。俺手洗ってくっから……あ、いおりん。おかえりー」
ちょうど、環が出ようとした扉から、黒髪の男が目を丸めて現れた。
額の中央で分けた前髪を揺らして、男が微笑んでみせる。
「いい面談になったみたいですね」
「おー」
とん、と肩をぶつけ合わせて、環はリビングを出る。後ろで、環すげえ喜んでたぜ、ワタシも面談したかったです、オレもオレも、七瀬さんは未成年じゃないですか……なんて、にぎやかな声が聞こえてくる。
施設にいた頃は、こんなふうに、大人に取り合われることなんてなかった。園長はみんなを平等に愛していた。環はその一人だった。
今はここが、環の居場所だ。
「みんな、俺んこと……」
呟くと、また笑いが込み上げてくる。嬉しくなってくるりとターンして、廊下を踊りながら抜けた。
リビングに戻ったら、担任がどんなに驚いていたか話してやろう。次は八者面談でも十一者面談でもいいと許しを与えてやろう。たぶん、同級生の男は、次なんてないですから一緒に卒業してくださいよ、と呆れた顔を見せるのだろうが。
胸の内に画策しながら、今日の喜びを思い返す。
ふふん。
洗面所の鏡の前で、環は唇を弛めた。
俺も、みんなが好きな俺のこと、前より好き。