神の抱擁に鬼は笑う
そこが鬼の棲家だと、噂する者があった。
静謐で頑健な、右目に傷を負った美しい男を、人々は鬼と呼んでいた。潔癖そうな顔立ちに、軍人らしい使命感を帯びて、的確に業務を遂行する男。怜悧な外見に、時折、戦闘への渇望をちらつかせるさまには、たしかに鬼の呼び名がふさわしい。
鬼はその部屋に、眠るためだけに帰ってくる。二番隊の元隊長がちょっとした不祥事で降格処分となり、男は役職を3つ兼任することになった。監察係、一番隊隊長、二番隊隊長。やるべき仕事は山ほどある。男が部屋に戻るのはいつも日付が変わる頃だ。
夜間の鍛錬を終え、隊服を脱ぎ身を清め、白い寝巻きに身を包み、清潔な褥に横になる。次に目覚めれば朝。これまでの男の生活は単調なサイクルの繰り返しだった。
けれど今は。
「……また来たのか」
褥に目を閉じたままで、月光を遮る影に語りかける。窓のさんに影があった。人ならざるものの、大きな影。
男がこんなにも忙しない日々を送ることになった原因の一つ。
「英、窓を開けてくれないか」
「そうして私を抱くのか?蛟」
五番勝負から、たびたび、剣を交えるようになった。ただ剣を交えるでは興が乗らないだろうと、その日毎にさまざまなものを賭けた。ラーメン、浴衣、部屋の鍵、刀の鍔、酒、その辺に咲いた花。
昨夜の賭けの賞品は、心。
命懸けの勝負に、英の心はいつも躍っていた。
蛟に、君の心と私の心を、と望まれたとき、それがとっくに奪われ始めていることに気づいたのだ。
そして、英は、敗北した。十分け八敗。勝ち星は未だ無いまま、英は、心とやらを蛟に捧げるにはどうしたらよいのか訊ねた。蛟は、君を抱きに行くよ、と告げた。
「君の心は私のものだ。開いてくれるだろう?」
開く、というのが、窓なのか、心なのか、体なのか。
昨夜、勝負の後にこの部屋を訪れた蛟は、英の体をあらためて、私の子を産む気はないかと持ちかけてきた。
男同士であることを今更問い直すのもバカバカしい、ここはそういう街で、この美丈夫は人間ではない。その気になれば男でも子どもを産ませることができるのだろう。
心を与えてしまった以上、英に拒む権利はもはやない。
「……入れ。その妖怪たちは入れるなよ」
「ああ」
窓に手をかけると、月光の中に金色の瞳を緩ませる水神の姿があらわになる。
蛟はしなやかで作りの大きな肉体を器用に折り曲げ、英の部屋へ降り立った。
「ああ、会いたかった」
「昨夜も来ていたが」
「一日千秋という気持ちを、初めて知ったんだ。いつも千秋一日だったからね」
こんなふうに調子のいいことを言う男だっただろうか。
呆れつつ、英は褥にふたたび横になった。明日も仕事だ、体をできるだけ休めておきたい。
毎夜鬼隊長の寝所から漏れ聞こえる蛟の声に、人が気づいたら、どう思うのだろう。
「寝てしまうの?」
「明日も忙しい。疲れを取っておきたい」
「それなら、私が術をかけよう。さあ、疲れない体で何をしたい?」
「……では、勝負を」
「好きだね」
清めたばかりの白い肢体、その鎖骨の下を、蛟の太い指が撫で、浴衣の襟に当たって止まる。確かに体が軽くなった感触に、英は枕元の刀を腰に佩きながら尋ねる。
「触れる必要はあったのか」
「その方が、私が愉しいから」
「そうか。私のことも楽しませてくれるんだろう」
「もちろん」
尋ねる英の口角はもう上がっていた。分かりやすく勝負に浮かれる少年らしさを残した彼が鬼だなんて、蛟には思えなかった。もしも本当に鬼なら、強引に魅了して、使役して、自分のものにしてしまったのに。でも、簡単に自分のものにできるような男からは、自分は興味を失うだろう。
英だからいいのだ。
英だから、欲しい。
「身篭るまで私の力を注いだら、きみは壊れてしまうのかな」
「随分な趣味だな。男に子を産めなどと言う」
「いいじゃないか。私の力を受けて子を産めば、君も老いなくなる。老いた君もきっと美しいけど、私から君を奪う死を、私はきっと許せない」
「人の身に生まれて、戦場に出て、死なない体などあるほうが不利だ。おまえは、必死に戦う快感を知らないんだな」
「そうだね。だから、君といると楽しい」
高揚のままに妖力を溢れさせると、蛟の背に、どこからともなく水の竜が現れた。
英も刀を抜いて体の前に構える。
「簡単に壊れるようなぬるい鍛え方はしていない。神の子を産めと言うのなら、私を屈させて孕ませてみろ」
「いいよ。やろうか」
今夜も、勝負が始まる。
ぐわんとしなって英へ襲いかかってくる水竜は、身をくねらせては勢いを増し、予測のつかない動きで英の身を掠めた。
いつも通り手加減はない。完全には避けられない。
刃で受け流したそばから襲いかかる水竜に、弄ぶように肌を撫でられる。斬り捨てても、斬り捨てた端から水が元の形を結んで、英の体を押さえにかかった。
それでも負けられない。蛟には既に心を奪われている。英が蛟のものになっているということは、蛟を他の誰かが使役したら、英まで言いなりにされてしまうということだ。そうならないための約束が、英には必要だった。
「私が勝ったら、約束してもらう」
「何を」
「他人に真名を知られないことだ」
「……そうだね、もうあんなことは起こらないだろう」
英が一閃させた刃が蛟に届きかけ、蛟が一歩引いて悠然と微笑む。
「私の真名は、君に教えてあげる」
「……要らん」
「私の抱き方は、人の身の君には少し激しいかもしれないから。名を呼んで止めればいい」
「ヤワではないと言っただろう。真名など知らなくていい。それに、負けるつもりはない」
「なら、君が神の子を宿したら、教えよう。人間がするような、夫婦の誓いの代わりになるかな。それとも、人間のルールの通りに、婚礼の儀をあげようか」
「白無垢と紋付袴か?その頃には私はおまえの子を産んでいるんだろう、無垢などと、白々しい」
「君は元々、無垢な乙女ではない。戦場で血濡れて駆け回るような男だろう。だからこそ白い衣服が似合う」
英の劣勢は明らかだった。刀をひらめかせ、踊るように立ち回って水龍を凌ぐ姿は美しい。けれど、防戦一方で、攻勢に転じられない。蛟の水龍が、英の寝巻きの襟を嬲って、肩を落とした。顕になった白い肩を、蛟はうっとりと見つめる。
「寝巻きもよく似合っている。脱がせるのが勿体ないな」
「まだ勝負は決していない」
英が厄介そうに浴衣から腕を抜き、深く沈みこんで向かってくる。半裸の白い体が闇夜に浮かび上がるようだ。数歩で距離の詰まる室内では、大振りの蛟の攻撃は、蛟に近づくほど避けやすくなる。
「君から飛び込んできてくれるのは、嬉しいけれど」
とん、と床を蹴って窓枠に飛び乗った蛟に、英が舌打ちをした。蛟の美しい男は、思い通りにいかない戦いに苛立っているように見える。けれどその目はぎらぎらと見開き、唇は三日月を結んで、愉しげだ。苛烈なまでに。
蛟の水龍が英の背中に回る。英はぐるりと体をひねってその場で回り、襲いかかる水龍をはたき落とした。そのうちの数匹が英の体を嗤うように撫で、腕を絡めとる。手首を閃かせ、その身を断ち切った。
「勝負がついても、まだ戦えるだろうな?」
「まだ君から貰っていないものもあるからね」
「なんだ」
「ずっと共にいるという約束を」
「は、……そんなもの、しているも同然だ。人の肉体で貴様に、本当に勝ったと言えるまで、お前から離れるものか」
「熱烈だな。……ならば、君を負かせなければならないね」
「やってみろ!」
短く吐いて駆けてくる英に、蛟があえて飛びかかる。大きな体を貫こうと刀が握り直されたのを、水龍で手ごと封じ込め、両手を広げさせた。
足首までも掴み取り、両手両足を広げて空中で磔にするような姿にさせる。
「君の負けだ」
「……ふ。負けたら?」
「君を抱くよ」
蛟の手が、英の頬に触れた。神気をまとった手で、水龍が掠めたところを癒していく。露出した胸を、冷たい蛟の手が撫でた。蛟の手が、戦いの傷をいやしていく。その手に触れられると、心地良さに思考が鈍る。英はその手が好きで、嫌いだった。
「傷なんてそのままでいい」
「駄目だ。痛がって欲しいわけじゃない。ほら、内腿を癒すから、浴衣を上げて」
蛟の水龍が英の手を解放し、背中を支えてくる。空中に足が浮いたままだというのに体勢が崩れないのは妙な感覚だ。でもそれ以上に、蛟の金の瞳に見つめられる、すべて従ってしまいたいような感覚が、居心地悪い。
「……これで満足か」
浴衣の裾を両手で掴み、引き上げる。白い下着がちらりとのぞき、均整の取れた体つきが顕になる。蛟が微笑んで頷いた。
「ああ。触れるよ」
「いちいち断らなくていい」
英の強がりに、蛟がふっと双眸をゆるめる。滴るような月の色をした瞳が、英の腿を持ち上げた。
「な……っ、急に何を」
「君が断らなくていいと言ったんだよ」
「そこで、喋るな……!」
跪いた蛟が、英の内腿に唇を添わせ、そっとついばむ。さっきまで傷つけられていた鮮烈な痛みとは異なる、這い上がるような刺激に、英は体をよじった。
「敏感だね」
「うるさい……!」
はだけた英の白い肌を、胎を、大きな蛟の手がぞろりと擦る。
「ずいぶん長く生きたけれど、こんな気持ちは初めてだ」
蛟は、英の引き締まった腹を、いとおしそうにゆっくりとなでる。
「人が家族をなす営みは、種の存続のためだけだと思っていたけれど……違うんだね」
蛟の手が、英の帯の内側に滑り込む。小さな水龍が英の帯をほどいて、白い肢体を月下にあらわにした。
「英のすべてと一つになりたい」
うっとりと、金色に光る妖しい瞳を、蛟が緩ませる。すべてを飲み込んでしまいたい、とでもいうように、蛟の背後に大きな水の龍が現れ、英をねめつけた。月光を受けながら淡く光る龍の体が、ゆっくりと、英の足首を絡めとる。水の龍に飲み込まれていく英を、蛟は己の行いに気づいていないかのように、動じない瞳でうっとりと見つめ続けた。
「蛟」
おおきな水の龍の内側へ、体の半分を埋めてしまいながら、英は悠然とほほ笑んだ。目の前の水神が、ただの人を身の内におぼれさせながら、おぼれていくような恍惚を瞳にたたえている。そのことが、英の胸を熱くした。
「番うのなら、誓え」
熱のまま、唇を動かす。衝動がそのまま言葉になっているように、何も考えずとも口が動いた。蛟といると、英は、ありのままに過ごすことができる。
きっと、蛟も。
「私を愛しても、お前は変わらないと」
本当は気づいていた。蛟のものにしてほしいと感じている自分の心に。蛟を手に入れてしまおうとした愚かな男に、似た渇望を抱く胸の疼きに。
心を、勝負に賭けられるまえから、ずっと蛟に焦がれていたと。
「誓えるのなら、私を抱け」蛟の水龍が、英をすっかり飲み込んでしまう。
呼吸さえ蛟に明け渡しながらも、鋭い眼光で蛟を捉えることをやめない英に、蛟は知らず、ため息をついた。甘くのど越しの良い美酒をたたえるように。
「誓うよ」
人間たちがするように、唇を合わせて、その薄い唇を甘く吸ってみる。英を閉じ込めていた水龍がばらばらに砕け、英を褥に横たえていく。蛟が英に覆いかぶさって、ただの人がするように、英を腕の中に閉じ込めた。
「……きれいな体だ」
確かめるような手つきで、英の脇腹に触れ、蛟が英の右目の傷にキスを落とした。
「この体の隅々まで、私のものにするよ」
水神の低く耳ざわりのいい声が英の耳朶を打つ。英は、胸がどくどくと強く打ち始めるのを感じた。指の先まですべてに、波紋を広げるように、神の声が響いていく。
「いいね」
首肯の代わりに、英はその耳たぶにかみついた。行為は、くすぶっていた火が風に勢いを取り戻すように、やにわに始まった。
「苦しい?」
水龍が英の足首をとり、英の両足を折り曲げてひらかせた。仰向けのまま尻を掲げて、まだ勃ちきってはいない英のものは、英の臍にぺとりとしなだれかかっていた。
蛟の太く冷たい指が無遠慮に体を割り開く、感じたことのない圧迫感に目の前が暗くなる。苦しい、と素直に答えるのも癪で、じっと耐え忍ぶ英に、蛟は何度もキスを落とした。
「ならば、苦痛は快楽にかえてしまおう」
蛟が、片手を英の腹部にかざした途端。
とめどなくて、断続的な、潮騒のような錯覚が、胸を、脳を、体を揺さぶる。
「あっ……?」
「気持ちよくなった?」
「あぁ、あ、ぁう、う、ぁ」
ずくんずくんと、蛟の指を自分の肉が締め付けているのがわかる。もっと奥へ、もっと強い刺激をと求めるような肉襞のあさましい動きに、英の耳が赤くなった。
さっきまで萎れていたはずのものに、血が通い始める気配がする。
開いてしまう喉からこぼれてゆく声が、自分のものだと信じたくない。
勃起してしまう……!この男の手で……。
蛟のゆったりとした手の動き、軽く内壁を擦るような愛撫のたびに、ぞくぞくと腰が跳ねる。自分では、止めることもできない。
白い寝具を、英の白い手が乱した。何かを掴もうともがく英の手に、蛟の水龍がすべりこむ。
ぎゅっと掴むと、冷たい奥に、確かな体温を感じる。蛟の手を握っているようだった。
「はぁあ、あ、……っ嫌だ、いぁっ、やめっ……」
痛いはずなのに。苦しいはずなのに。気持ちがいい。
気づけばすっかり立ち上がっていた体の中心に、英が感じたのは、怯えだった。
滝つぼの白い怒濤に引きずり込まれていくような無力感、竜巻が天上へひねりあげられるときのおそろしさ。快感とともに英の体を支配したのは、はっきりとした畏怖だった。
ぞくりと青ざめていく英の頬を、蛟がキスで溶かそうとする。あまたの妖怪が恐れをなしてひれ伏す神とは思えないような、慈しみに満ちた、やさしい動き。
「嫌?」
「ぁ、い、やだ……私がっ、私でなくなる……っぁ、あぁ!」
どくどくと打つ心音に合わせて、はげしい快楽が身体中を駆け巡る。
「可愛いことを言うね」
蛟の体がふと、英の胸から離れた。そして蛟は、開いた英の脚のあいだへと顔を埋めていく。
「人に尽くしてあげたい……なんて思うのは、いつぶりだろう」
「や、めろ、そこで喋るな……っうう!ぃあっ!は、ぁ!」
英の陰嚢に息をふきかけて、蛟は冷たい舌で英の蟻の門渡りをつついてみせた。ぬめる舌が後孔をくすぐり、身をよじろうとした英の体を、蛟の水龍が抱きとめる。
英の中へ、蛟の舌が、ぐりぐりと押し入ってくる。
「あ、あぁっ!やめっ、う、ぐ、ごぼ」
水龍が、開いた口の中に滑り込んで、英の舌を絡めとる。ざらついた人の舌に似た感触が、英の上顎をずりずりと擦った。内股に籠る力を止められない。鼻の奥から高く上がってしまう声に、人ならざる者は随分と気を良くしたらしい。
「んんっ、ん、んふ……んっ」
「素直な体だ。あたたかくて、うねって……」
「ん、んん」
「好きだよ」
「んん……っ、」
蛟は、言葉の合間に、指で開いた後孔を舌で責め立てる。
その舌先がかすめた一点に、英は目を見開いた。
「んーーーッ!んん、ん、ん?、ん……ッ、ん!!!」
ぼろぼろと、意図せぬ涙が勝手にこぼれ落ちていく。きゅうっとなにかが締め付けるような、押し開くような、もっとも過敏なところの血管を激しく血が巡る感覚に、頭が真っ白になった。
何も考えられない。
白くはげしい閃光が脳の奥を焼き切るようだ。
こんな感覚、知らない……!
「もっとよくしてあげる」
「ぁ……は、ぁ……、え……?」
英の喉をひらかんばかりに埋められていた水龍がひいていく。蛟が満足気に体を起こし、衣服をといた。その裸身を目にして、英は驚きに絶句した。
蛟の体の中心。生殖器が下がっているはずの場所に膨らみはじめていたのは、おおきな二対の袋。びっしりと棘がその袋を覆っている。
「こ、れは、蛇の……?」
「生殖器官を見るのは初めてかな。これを雌の体に埋めて膨らませて、簡単には抜けないようにしてから、奥まで子種を注ぐんだよ」
「膨らませて……」
それを押し込まれる想像に、蛟に見せつけるように両足を開かされたその奥で、怯えるように後孔が収縮する。その動きを見咎めてか、蛟のものが大きくなった。
「ひ……っ!」
あの棘まみれのものを、これから、英のなかに埋めようというのか。
その痛みはどれほどだろう。
痛みが快楽に変わってしまうこの体で、そんなものを、奥まで突き刺されたら。
「ぁ……っ」
痛みの想像をしただけで、英の唇が緩む。
どんなに、気持ちよく、なってしまうのだろう……。
「嬉しそうだね」
蛟が、はぁ、と息をつき、英の上に覆い被さった。
「嬉しい、もの、か……っ、く」
「獣が涎を垂らすのは、獲物を前にして喜んでいる時だろう」
「誰が獣だ……、っ、あ、はあぁ……!」
ぐぢぐぢと、蛟の指が英の中の一点を押す。
「英」
名を呼ばれた。
蛟の低く、恍惚とした声音に、体が勝手に反応する。
この声が体を支配してくれる。
この体を、すべて開け渡せば、蛟は英を嬲り、愛撫して、至上の快楽を与えてくれる。
そんな予感に、勝手に、体が疼いた。
「屈する……ものか」
英自身の体液が、英の腹を濡らしている。蛟はそれを手のひらに取り、英の後孔にぬり込めた。
「奥まで受け入れて、私の名を呼んで」
蛟の、棘だらけの生殖器官が、英の後ろに押し付けられる。柔らかな粘膜をちくちくと刺激するそれを、英は、英自身の快楽によって、奥へ奥へと運び込んで締め付けるだろう。
「いいだろう」
英は微笑んだ。にやりと、不敵に唇の端を釣り上げて。
「蛟。勝負だ」
鬼の閨に、その夜、神が訪れた。
神に処女を捧げるなんて巫女のような行いを鬼に強いた神は、鬼の胎にたっぷりと神気を注ぎ込んで、言った。
「私の子種で君が孕むまで、今夜は離したくないな」
「ふ……ばかなことを」
「君こそ、そんなに体中どろどろにして、随分と強がるんだね」
「張り合いのない男を抱きたいなら、そこに行け」
「甘えているの?そんなこと私が思うはずないと知っているくせに」
つんとそっぽを向いた英の頬を片手に鷲掴み、蛟が長い舌でその喉を埋める。
キスと言うより内臓を引きずり出そうとするようなはげしい接吻に、英の中央から、またとろとろと白いものが流れた。
知らず、蛟の腹に自分のものを擦りつけてしまう英を、蛟は強く抱き寄せた。
人の子を、こんなに愛しいと思うなんて。
やっぱり君は鬼なのかな。
君だけは、他の人間とは違う。
君を、愛している。
ふと、蛟の舌に、じゅくじゅくとした痛みが拡がっていく。きっと英が噛み付いたのだろう。口付けに夢中になって、力を込めすぎてしまったのか。
仕返しに、抱きすくめた英の喉奥へ舌を進めていくと、英は体を震わせてどんどんと蛟の胸を叩いた。息が苦しいのだろう、んん、んん、と泣く高い声に、蛟は目じりを緩ませる。
私に噛み付いて、私を負かしたがる、そのくせ卑怯な手は使わず、ただの人の身で立ち向かってくる、純真で、真っ直ぐな、磨かれた刃のような美しい男。
英。
君に、ずっと共に居て欲しい。
もう離さない……。
震えながら泣く英の腹へ、つめたい手のひらをすべらせて。
蛟は、血の味のする口付けをいっそう深くした。
「ふ、ぅ、ん……んぅ」
「ふふ……」
私のすべてで君に答えよう。
だから、私の子を産んで。
神の口付けに目を閉じて答えながら、英もまた、蛟を思う。
こんなふうに必死になって英を追い立ててしがみつく神を、愛しく感じてしまっていることに、眉をしかめて。
絶対に屈してなどやるものか。
私が貴様を負かすまで、離すつもりも毛頭ない。
もっと深くまで来てみろ、蛟。
私のすべてで迎え撃ってやる。
争うようなキスに、昂る体を擦り合わせる。
鬼の棲家で、神と鬼のまぐわいは続く。二度目の交わりの気配に、鬼はゆらりと微笑んだ。
鬼の胎から、ごぷりと、神の注いだ精が溢れ出す。
英の手が、蛟の首筋に、ゆっくりと回された。