愛について 

向こう側まで走り切ればあなたの人生は正解ですよ、そんな評価を他人から下されたいわけではない。目標やゴールと呼ばれるものは、いつも自分の中にあるべきで、だからそうしてきた。
でも。
この感情のゴールはどこにあるんだろう。
与えても与えてもやまず胸の中に沸き起こってはまた与えたくなって暴れ出す、強欲で飢えた幸福な感情。
たぶん、呼ぶなら『愛』がふさわしい。
龍之介がよく使う言葉だ。ドラマの撮影で、ファンの前で。幾万のものに、龍之介は愛を投げかけてきた。もちろん楽や天にも。
でも……。
「龍」
呼びかけると、金色の目が、夕日に燃えて溶けそうに見えた。
眺める沖縄の海はどこまでも澄んで青い。夕日に照らし降ろされた場所だけが光の道のように光って、果てしない海の先へと続いている。
清澄な、けれど静かなばかりでない、のどかで爽やかな空気。ざざん、と、波が打った。
「俺のこと好きか?」
ついさっき唇を重ねて身体を密着させ合ったばかりの男に、好きだと言って欲しくて尋ねた。龍之介はうっとりと目を細めて、楽の髪に手を伸ばしてくる。
龍之介の指が、潮風に少し軋む楽の髪の間に差し込まれ、ゆっくりと頭皮を撫でる。その、くすぐったいような愛しさの伝え方だけでも、十分なはずなのに。
もっと欲しい。
「好きだよ」
龍之介の返事に、夕日を受けて煌めく楽の瞳が、くるりと上向いて龍之介を見つめた。
「好き?」
龍之介は、楽から目を離せない。
薄く開いた唇が、もっと、と甘えて見えるのは、自分が楽にもっともっと与えたいからだろうか。それとも楽が本当に欲しがっているからなのか。分からないけど分かる気がして、楽の頬に指を下ろした。
「うん。愛してる」
口づけが激しさを増す。
求めても与えても尽きず足りない感情の波に揉まれるようにして、舌で互いを押し合い、求め合う。送り込まれる唾液を飲み込みきれず、楽の顎を伝って鎖骨に降りてきた唾液を、龍之介は親指でにじって胸元に手を伝わせた。唾液のぬめりを借りて楽の胸の突起をくりくりと押し込むと、楽の鼻から甘い声が抜ける。
「ん……」
楽の手が、龍之介の手に添えられた。とくんとくんと脈打つ龍之介の指を、楽の指が軽く撫でる。
じゅば、とおそろしいくらいに艶めいた水音が響いて、互いの唇が離れた。
「ばか、こんなとこで、始める気かよ」
指の間に楽の白くて綺麗な指がするりと滑り込んでくる。節ばった男らしさとなめらかさを兼ね備えた指が、楽という人にぴったりで、龍之介は愛おしさに唇を舐めた。
「うん……」
返事になっていない龍之介の相槌に、楽の唇からため息が漏れる。次いで、悪戯を思いついた少年のように、口角がきゅっと持ち上がった。
「帰ろうぜ」
龍之介の汗ばんだ腹筋を撫で、その下の水着のゴムにほんの少しだけ指を差し込んで、楽が笑う。龍之介は、夢でも見ているような表情のまま、楽の笑顔を見下ろしていた。
「きついだろ?こんなの着てたら」
ばちん。ゴムが肌を打つ音がして、ぼうっとしていた龍之介の意識が、楽の言葉を理解する。
「あ……楽、ごめん、俺、ぼうっとしちゃって……」
「それだけ俺に夢中だったんだろ。嬉しいぜ」
楽がするりと龍之介の手を振りほどき、背中を向けて歩き出す。砂浜に沈むビーチサンダルの足に、白い砂が楽を飲み込みたそうにまとわりついた。
ざくざくと2歩歩いてから、龍之介を振り向く。そのときにはもう、楽の目には、微笑みではない、物欲しそうな光が揺らめいていた。今朝、この海に龍之介を誘った時とは違う、淫靡な影とともに。
「早く抱いてくれよ、龍」

「今日、オフ、被ったんだな」
「こういうのも久しぶりだよね。明日も二人でオフなんだって」
龍之介の用意したサンドイッチを、白皙の美貌の恋人ががつがつと口に運ぶ。つい昨日、恋人になったばかりの相手。細く筋張った手の甲に似合わない食べぶりをして、龍之介を捉える眼差しは、昨夜の痴態が嘘のように涼しげだ。
「ファンに会う機会が減ったのは悔しいけどな。こうして休日が増えるのは悪くない」
龍之介は、悪くない、と言うときの上機嫌な楽が好きだ。ふふん、と鼻を鳴らすような、不敵に上がった唇がとくにかわいい。その端にサンドイッチのシーチキンがついていて、龍之介は身を乗り出してそこに口付けた。
「ついてたか?」
「うん」
何事も無かったみたいに食事を続けながら、楽はテーブルの下で龍之介の脚をすりすりと擦った。ささやかなスキンシップが嬉しいのだろうか。
柔らかな足の裏の肉に押されて、眉を下げる龍之介に、楽はたまごサンドを鋭利な角から食べながら視線を投げる。
「にしても、2日も休みがあんのか」
「何しようか。撮り溜めてた録画も、昨日の夜見ちゃったしね」
「見たって、俺途中から見てねえよ。キスに夢中で。お前、体デカいし、テレビ見えねえっつの」
「楽が抱きついてくるから、我慢できなかったんだよ」
「はは、いいけど。気持ちよかったしな」
休日の朝、過ごし方を二人で考える甘い時間に、楽は楽しげに食事を終えると、ぱん、と手を合わせた。
「ご馳走様。うまかった。コーヒー淹れる。飲むか?」
「うん」
「よし」
立ち上がってキッチンへ歩き出す楽に、龍之介は楽の食べ終えた空の皿を持ち、ついて行った。楽は鼻歌を歌いながら、冷蔵庫のコーヒーキャニスターを取り出し、コーヒーミルにざらざらと豆を注ぎ込む。
皿をシンクに片付けて新しいマグカップを並べながら、龍之介は、楽の立ち姿を見つめた。
「龍、何突っ立ってんだ?」
秋口の、薄く身体にぴったりとしたタートルネックに、楽の身体は昨夜の熱を忘れたように収まっている。
楽の、しなやかな筋肉。冷たそうに見えるのに、抱きしめると熱い肌。汗ばんで手にしっとりと吸い付いて、抱かれる悦びを全身で伝えようと抱き締め返してくる……。
「おい、龍!」
「え?うわっ、ごめん!何だっけ?」
「寝ぼけてんのか?」
「今朝も、起きたら楽が俺の隣で寝てて、夢みたいに嬉しくて……まだ寝てるのかな……痛っ」
「夢じゃないだろ?」
「うん……」
楽が、ぴんと指で龍之介の額を弾いて、かたちのよい眉をつり上げる。
「つか、こっちはお前がガンガン突くから腰やられてんだよ。こんなに痛くて何が夢だっての」
「ご、ごめん」
「いいって」
にやにやと笑ってみせる楽は、昨夜、嘘のように色っぽく、龍之介に抱かれた。細く白い体を快楽にくねらせて、低い声を高くはね上げて甘ったるく龍之介を呼び、奥を突かれる度に喉の奥から嬌声をほとばしらせた。甘い声が龍之介の耳朶に絡みついて、夢中になって、楽を求めた。
昨夜。テレビを隣で見ていて、ラビチャを開いた楽が、天、今日は帰ってこねえんだな、と告げてから。楽の手が、龍之介の体を無遠慮に触った。脇腹に体重を預けるようにして抱きついてくる手に、楽、どうしたの、と尋ねても、返事はなかった。代わりに、いいの?と一段声を低くして尋ねて、白い豊かな髪が上下して。頬に指を添わせると、銀色の瞳は熱く濡れて、龍之介を見つめ返した。その時ついていたテレビの内容は、よく覚えていない。
好きだと告げたのは、多分繋がりながらだった。大きく広げた両足の間で萎れた楽のものをしごいて、楽はこんなところも綺麗だね、楽、好きだよ、と本心を告げたら、楽は切なそうに眉を下げて奥を締めた。抱き上げた膝に、抱きしめた肩に、耳の入口に口づけるたび、楽は龍、と名前を呼んだ。龍之介の名前を呼ばないと呼吸が出来ないみたいに、苦しげで甘やかな声だった。
さっきは楽に、夢みたいだ、と言ったけど、龍、りゅう、と呼びながら、いっそう強く抱きついてきた楽の指の痕に、龍之介は今朝鏡の前で唾を飲み下していた。肩の後ろの傷を隠せるように、今日は色の濃いシャツを選んで着た。タートルネックを着ている楽の肌にも、昨夜の龍之介が掴んだ腰骨の鬱血の痕が、かすかに残っているかもしれない。
「まだぼーっとしてるか?」
「……ちょっと。ああ、コーヒー、いい匂いだね」
「だろ」
サイフォンを使って淹れる本格的なコーヒーの香りに、思い返していた昨夜の光景が霧散する。楽が、隣に並んだ龍之介の腰を抱き寄せ、顔を覗き込んできた。
「よし」
何かに納得したように頷く楽に、また話を聞き漏らしたのかと、龍之介は目を瞬いた。
「楽?」
「行くか」
「行く?って、どこか行くのか?」
「ああ。龍も行くだろ?」
「楽が出かけるなら……でも、どこに行くんだ?」
楽が、慣れた手つきでマグカップにコーヒーを注ぐ。伏せた瞼にみっしりと伸びたまつ毛が、朝の光に照らされて、つやつやと光を反射させた。
コトン。龍之介の前に、マグカップを置いて。楽がにやりと口角を上げる。
「沖縄だ」

デッキチェアにパラソル、丸いテーブルには水に花々を散らしたフローティングフラワーと、色とりどりのフルーツをさしたソーダのカクテルが置かれている。昼だと言うのにグラスに入ったキャンドルまで灯されて、テンプレートな海辺の光景だ。
楽がデッキチェアに置いていたアロハシャツを羽織って、龍之介の座るデッキチェアに腰掛けてきた。湿った水着越しの肌の温もり。楽は2つのグラスに別々に差し込まれていたストローをとって、1つのグラスに差し直す。
「ほら、龍」
差し出されたグラスのストローを舌に受け止めながら、ちらりと楽を見上げると、楽は長いまつ毛を揃えて下ろし、静謐な表情でもう一本のストローに口をつけていた。
「ってこれ、酒じゃねえか。ストローで飲むもんじゃねえだろ……」
「赤いストロー、さしてあるとおしゃれだよね」
「まあな」
楽が細い手首を折って、指先に赤いストローを摘む。持ち上げる時、カラン、と氷の音がした。
ストローの端に溜まった雫を、ほんの少し舌を見せて舐め取る楽に、龍之介は、ごくりと唾を飲み下す。
楽の、舌、ピンクで、かわいい……。
置かれたストローの、さっき楽が舐めたところを、じっと見下ろしてしまう。
「どうした?」
「えっ?あ……ううん、なんでもないよ」
「ふうん。エロいこと考えてる顔してたけどな」
「かっ……考えてたけど、今は泳ぎに来てるから」
「まあ、そうか。よっしゃ、汗、流しに行くか!」
ついさっき休みに来たばかりの楽が、またアロハシャツを脱いで、白い体を露わにした。腰の辺りには誰かに掴まれたような鈍い鬱血の色が残っていて、龍之介の頬が熱くなる。
「龍、行くぞ」
「ああ、うん!……プライベートビーチでよかった……」
龍之介にとっては急な帰省になる。一泊二日、夜は実家で過ごそうと実父に連絡を入れ、母親にも連絡をしたところ、泊まらなくてもビーチくらいは使っていけとホテルのビーチを貸してくれた。世間では平日なこともあり、ビーチは貸切で、芸能人の身の上にはありがたい。ホテルの客室からは見下ろされる形になるが、声をかけてくる者もおらず、楽と龍之介は泳いでは休んでを繰り返して海を満喫していた。
海は広く澄み、自分の体を無くしたような茫漠とした浮遊感で、日頃の生活を忘れさせてくれる。海の中での自分はちっぽけで取るに足りない。龍之介は、海のそういう怖いくらいのおおらかさが好きだった。世の中から切り取られたような、底知れない明るい場所で、楽と波に身を委ねられる気持ちよさ。楽の快活な身振りにしぶきが舞うたび、大きく口を開けて笑う楽が輝いて見えた。
すっかり日が赤くなり、世界が夜へ近づく頃。また沖から浜辺へ戻ると、心地よい倦怠感が身を包んだ。
「沖縄って、なんか、太陽が近い気がする場所だよな」
「向こうまでずっと海だからね。楽にこの景色を見せられてよかった」
「ああ……」
青い空を端から真っ赤に染める日の光に、楽がサングラスの下で目を細めて見入った。
「すっげえ泳いだな」
かきあげた髪にサングラスを押し上げて、アッシュグレーの猫目を輝かせる。
「うん。ちょっと休もうか」
すっかりセットの崩れた龍之介の髪を、嬉しそうに撫でてから、楽が唇に触れてくる。目を細める龍之介に、楽はくすりと笑った。
「すげえ、唇、潮でガサガサ」
「あ、俺、リップクリームあるよ」
「準備いいな。使っていい?」
「塗ってあげる」
デッキチェアの脇に置いたバッグからリップクリームをとりながら、ふと思いついて、テーブルのハイビスカスもつまみ上げた。
楽の髪にさしてやってから、リップクリームを繰り出す。
「楽、すごく似合う。可愛い」
龍之介にむにむにと唇を潤され、楽が暴れる猫のように片目を閉じて顔を背けようとする。しっかりと耳の上に挿された花は落ちず、白い髪に赤い花がよく映えた。
「お前もつけろよ」
フローティングフラワーの中からオレンジのハイビスカスを摘みとり、龍之介の耳に掛ける。楽の指が目じりをくすぐって離れる頃、龍之介がはにかんだ。
「恥ずかしいな……」
「かわいいぜ」
「楽はかっこいいな」
赤いハイビスカスの花を髪に挿したまま、楽が頬杖をつき、龍之介を真っ直ぐに捉える。切れ長の目を、ふわりと閉じて笑って見せた。
「だろ」
あ、笑った。かわいいって言ったら、もっと花まみれにされそうだな。
「ふふ」
「何笑ってんだ?」
「嬉しいんだ。楽が……」
言わないつもりだったのに、やっぱり言ってしまいそうだ。どうしよう。悩んで揺れる龍之介の瞳を、楽は戸惑ったように見つめた。
楽の赤い舌が、唇を舐める。
「したいなら言えよ」
「え?」
龍之介の頬を、冷たい手が包む。テーブルに揺れていたキャンドルの火が、ふと落ちた。小さな火でも、消えると、少し当たりが暗くなったように思う。暗くなった気がするのは、楽の体が、日を隠したからかもしれないけど。
「あ……」
ひっそりと、ミントの香りのする唇が離れる時、もの寂しさに声が出た。その声を自ら追いかけるように、楽の頬を撫でる。
「……そうじゃ、なかったんだけど」
「は?違うのかよ」
「うん……でも、したくなった……」
もう一度触れたい。親指で、ふにふにと柔らかな唇を、かすかに押した。
龍之介の髪からハイビスカスをとり、楽がチラリと視線を動かす。海につきだす大きな岩礁の向こうに、砂浜が続いている。あの奥なら、誰にも見られないだろう。
「うん」
何も言われていないのに頷いて、龍之介は楽の手を取った。
夕日の海に、アロハシャツがはためく。手を繋いで恋人を連れ、ふるさとの砂浜を歩く時間。踏みしめる砂の熱さが、体の芯まで熱くするようだった。
オレンジの陽に、岩礁の陰はかなり暗い。
キスだけで、済まなくなるかもしれない……。細い指でなびく髪を押さえて、後ろを着いてくる楽を、目だけで見る。
つないだ手が、ぎゅうと、龍之介の手を握り返した。
予感は、現実になるようだ。

ぱたりと、楽の髪から花が落ちた。大きなハイビスカスがくたりと砂の上に倒れても、楽は目を閉じたまま、龍之介の唇を柔く食んでいる。
不安定な岩礁に腰掛けた龍之介にのしかかるようにして、楽は龍之介の唇を舐めていた。
「がく……」
舌を伸ばして応えようと、唇を細く開いた途端、恋人の冷たい唇が離れた。楽が海の方に視線を投げ、顔が夕日に照らされる。
ちろりと赤い舌が覗いた。楽が唇をすばやく舐める。やがて唇に浮かんだ微笑みは、その流し目は、龍之介の胸を鋭くつらぬいた。艶っぽくて、美しくて、儚いのに張り詰めた糸のように勁い
「しょっぱいな」
あわく消えてしまう泡のような微笑みを繋ぎ止めたくて、楽の唇に夢中で吸い付く。厚い舌で舐め上げて唇のふちを覆ってしまう龍之介の舌に、楽もちろちろと舌先で甘く応えた。
「ん、ふ……んっ……んむぅ……」
ぢゅう、と吸った唇に、またねっとりと舌を差し入れ、唾液を飲み込む暇も与えない。龍之介の貪り尽くすようなキスに、段々と楽の膝から力が抜けていく。縋るように腕に添えられた手に、ぐっと力が籠るのを、龍之介は薄く目を開いて見た。白くて薄い手の甲に、くっきりと血管が浮き出している。
楽、かわいい……。もっと、気持ちいいって声、聞きたい……。
気づけば楽を岩に座らせて、シャツを脱ぎ捨てていた。
強く駆ける馬の裸身のような隆々とした身体を、楽は、息を飲んで見つめる。その唇が色めいた嘆息に開くのをみとめて、楽もシャツから肩を抜いた。
「連れていけよ」
眦を緩めた楽の背をかき抱き、龍之介は、その肩口に顔を埋める。
「ひどくするよ……」
「めちゃくちゃに抱いてみろ」
応えてやる、と言うように、龍之介の背に、腕が回される。しなやかな筋肉をまとう、強く握れば壊れそうな、白磁の陶器のような美しい体は、強く心臓を打って龍之介を抱いた。
「龍」
恋人の背中でシャツが縒れる。くたりと倒れた姿態に、龍之介の髪から落ちた雫が弾けて、なまめかしい。抱き寄せた首筋に唇を寄せ、耳の下に押し付けた。首筋を食んで、肩に口づけ、胸の横を滑って、丁寧に、唇でその身体をなぞっていく。
「楽を抱く」
臍に吸い付いて、腰骨を両手で掴み、海水パンツの布の上から、楽のものにキスをする。見上げると、楽は笑っていた。
「ああ」
楽の白く筋張った手が、龍之介の髪に指をさしこんで、ざっくりとかきあげた。
くせ毛の上に乗っていたサングラスを下ろしてやって、もう一度キスをした。夕暮れの色を映した色眼鏡の向こうで、恋人の猫目がきゅんと細まるのを見ていると、抱きしめたくてたまらなくなる。
「行こう」
岩場の陰を出て、人目につくかもしれないことも忘れて、砂浜で一度だけ、熱烈なキスをした。もう、耐えられそうになかった。
あわただしく自宅に帰り、楽にシャワーを浴びせる間、龍之介は、何も言えず黙りこくった。
潮風にきしむくせ毛を撫でて、貯まった砂を落としてやる。龍之介の太い指で髪をかきまぜられるたび、楽は嬉しげに目を細めた。
安アパートの小さな湯船に、楽のきれいな体が折りたたまれて収まっている。少しだけ日に焼けたのか、肩のあたりは火照って赤らんでいた。
小さくて引き締まった白い尻の肉の間、尻たぶを指で強く掴んで割り入れば、ひとつに繋がった体は魂さえひとつになったみたいに同じ速さで拍動するのだ。
早く、楽と、したい……。
砂まみれの足元のタイルをシャワーで流してため息をつく。楽が、ぴん、と龍之介の頬を指で弾いた。
「楽?」
「お前、目、エロすぎ」
「えっ」
「そんな、獲物前にした獣みてえな目しなくても、逃げねえよ」
龍之介の頬を弾いた指が、そのまま龍之介の顎をなぞって、顎先を持ち上げる。擽るような指の動きに、ぎゅっと眉間に皺が寄った。
「上がるか」
「うん……」
立ち上がった楽のものが、龍之介の目の前にさらされる。少し形を持ち始めた楽のものに、龍之介はほっと息をついた。
……楽も、俺の体に興奮してる。
俺もだよ。
太陽の匂いがする、少しごわつくタオルで楽の体を拭ってやると、日焼け跡がひりつくのか、楽は小さく声を上げた。
その声が色っぽくて、龍之介は、優しくしてあげられないかもしれない、と思った。

「んっ、ン、ぁあ……龍、っ!」
ぐぢぐぢと、龍之介の体の上で後ろをほぐされながら、楽が切れ長の猫目からほろほろと涙をこぼす。慎ましく閉じていた穴は、龍之介の太い指を2本咥えて、みしみしと軋んでいる。白い体の最奥は、先端からの先走りを伝えて、肉の色を淫猥につやめかせていた。
薄い粘膜の奥、気持ちのいい場所が、龍之介の指の腹で擦られる。粘膜の襞が龍之介の指をきゅうきゅうと締め上げて、楽のけなげな欲望を伝えた。
「りゅ、う……っ」
龍之介の厚い舌が、楽の頬を伝う涙を、べっとりとぬぐい取る。そのまま深くキスをされて、楽は瞼を下ろした。
「ん……っふ、ぅ……んん……」
舌が、涙の味でしょっぱい。海とおなじ味がする。
「龍……」
海に似た恋人の名前を呼んで、腰を揺らす。張り詰めて先走りの涙を流す楽のものが、龍之介の腰に擦り付けられた。
「もう、いい」
楽は、はぁはぁと熱く吐息して、龍之介の首元に抱きついてくる。熱い息が耳にかかって、ぼうっとしてきた。
「龍のが欲しい」
快感に弱り果てた、震える声が、龍之介を呼ぶ。楽の手が、龍之介のものに添えられた。
裸身の下腹につきそうなほどに反り返り、ぷつりぷつりと楽を欲する先走りを溢れさせていた欲情を、指で手前に引くようにして、楽が甘えてくる。
「ダメか?」
ダメなはずない。切なげに吸い付く肛門の肉襞から、龍之介は指を引き抜いた。
「ああっ!龍!」
楽の手首を掴んで身を翻す。薄い布団のシーツの上に手首を押し付けると、嗅ぎなれた畳の匂いに混じって、ボディーソープの香りがした。
「楽……」
「龍」
「俺、楽を好きになって、恋人になれて、幸せだ」
「俺も。龍を愛してる」
龍之介が瞬きをして、楽の唇に厚い唇をかぶせる。目を閉じて唇の感触を味わいながら、楽は、夕暮れの浜辺で思った、果てのない愛おしさがまた胸に起こるのを感じた。
そうか。
きっとこれが、正解なんだ。
ゴールなんてない。果てなんてない。求めて求めてそれでも足りなくて走り続ける、その隣にお前がいる。
誰かが決めたゴールでも、俺の中のゴールでもない。必要なのは、俺たちの道なんだ。
「楽」
立てた両膝の裏に手を回すように、龍之介が楽に促す。筋の細い指をかすかな腿の肉にくい込ませ、ぐっと膝を持ち上げれば、龍之介は、その間の窄まりに、自分のものを押し付けてきた。
腿を開いて、尻の割れ目さえ広げ、全てを龍之介に見下ろされている。
体の芯で、龍之介と繋がる。
見上げると、ライブの後のように興奮に頬を染めた龍之介が、荒く吐息しながら、楽を見つめていた。
「あ、っ……」
「挿れるよ」
低い、震えが来るような囁きのあと、顔が近づき、瞼に、頬に、唇に、キスをされる。
あやすような甘ったるいキスと裏腹に、凶悪に猛った太いものが、体を割って押し入ってきた。
「ぁ、ぐ……っ、りゅ……うぅぐ」
「はっ、楽、ごめんね、がんばって……」
「バッ、カ……太くて、興奮する……っ、ての、う」
「ありがとう……楽、好きだよ」
「……っ、ああ」
強がって、喘ぎとも相槌ともつかない声を漏らす楽に、龍之介がまたキスを落とした。ぬぐぬぐと進んでくるものの質量が、楽を追い立て、引いてしまいそうになる腰を、龍之介が掴む。
力、強……。
熱く汗ばんだ手のひらに強く引かれる腰骨に、痺れが走った。刺激が、淫靡な快感になって、楽の腹の底に溜まる。
「っ、あ!ぁ……っ」
涙を貯めた楽の目じりに、龍之介が何度も口付けた。
「あと少しだから……泣かないで」
「泣、いて、ね……っ、ぅ」
龍之介が、高く掲げた楽の脚に頬ずりをしてキスをする。楽は、唇が触れる度に体をふるわせて悦んだ。
ざらりと、楽の体に、龍之介の陰毛が擦れる。
「挿入ったよ、楽……っ、ナカ、すごく狭い……」
重だるい圧迫感に、楽は大きく口を開いて、はくはくとかすかに細い息を吐いている。長大な硬直の楔で深々と突かれ、楽はぼんやりと胡乱な目付きで天井を見上げていた。
「楽……?動くよ……」
ふわふわしたくせ毛に指をうずめると、汗に湿っていた。挿入が余程苦しかったのだろう、ぼんやりしていた楽の視線が、龍之介を捉えて、目に光をやどす。
「ぁ……っ、ぁ、あ……」
龍之介がゆるゆると腰を引き、また押し込むたびに、楽は小さく声を上げた。内側に巻き込まれた襞が、今度は外側へと引っ張りだされ、また押し込まれる。ぎりぎりまで拡げられた場所の、気持ちいいところに、龍之介の男が擦れるのだろう。
「気持ちいい?楽……」
「ぅ、ん、……っあ、わかんね、……っ、けど、嬉しい、ぜ」
「うん……俺も、嬉しい……すごく嬉しいよ、楽」
こめかみに汗を浮かせて目を細める龍之介に、楽もまた微笑み返す。腰の動きが少しだけ速くなり、楽の呼吸も浅くなった。
「ぁ、っあ、ぁ、龍、んぁっ、龍、りゅ、っう!」
「楽、楽……かわいい、楽」
「っ、かわ、い……とか、っあ、ねえだろ……んぅっ」
「ううん、楽、かわいくて、すごく綺麗だ」
楽の胸の真ん中が、強い刺激に、赤く染まっている。必死に呼吸する細い首まで、筋や鎖骨を浮かせて真っ赤だ。
「かわいい……」
「ん、っふ、ぅあっ、龍、っん」
龍之介が、自分のものをすべて埋め、楽に覆いかぶさった。楽の頭を手の中に抱き込んで、愛おしそうに撫でる。
「っあ、龍、キス」
「うん」
「ん、んっ、っん、んぅ、うう、んーっ!」
舌を絡め合わせながらも、龍之介の腰は止まらない。止まない圧迫感が次第に甘美な刺激に変わり始めて、楽は肩を震わせて喘いだ。
必死に快感を拾う楽に、舌を激しく吸われ、龍之介の口内に痛みが走る。それでも龍之介は、舌で、全身で、楽を愛撫し続けた。
「あ♡あ、んぅ、あん、あ、んっ♡」
体を離して、指を絡めて両手を布団に縫い止めると、龍之介が更に腰を強く打ち付け始める。
「あ、龍♡りゅっ、もう、俺いきそっ、いっ、出る、りゅ、龍♡」
「俺もだよ!楽……っ一緒にいこう!」
ずん、ずんと、充血した龍之介のものが、何度も楽の奥を突く。ぎりぎりまで引くと、肉棒をくわえ込んだ楽の秘部が、紅褐色の内側をべろりと捲れあげ、今にも破けそうに拡がった。
「あ、あ、っ」
「ぁ、ぐ……楽……っ!」
めくるめく痺れに呻きながら、恋人の名前を呼ぶ。お互いだけを感じ合う。体を繋げあって、心臓の鼓動さえ、ひとつになる。
「はぁあ、あ、龍……っ!」
激しく奥を穿たれながら、楽は龍之介の腰に両脚を巻き付けた。なおも深くまじわろうとする楽の動きに、龍之介が、楽の最奥へ熱塊を埋ずめ込む。
「い、っ、イくっ、イく、龍!」
「楽!」
つないだ手に力が篭もる。
固く抱きついた楽の叫びを、龍之介が肉厚な舌で押さえ込んだ。舌を押し付け合いながら、ぎゅう、と互いを繋ぐ手足に力を込める。
「〜〜〜っ、っっ!、っ♡♡♡」
脳天へ突き抜けるような放出の快楽。
楽の体が一瞬固くなり、それから、がぐがぐっと踊りあがった。長い絶頂の震えが2人の体を支配する。
暴れて跳ねる楽の腰を体重をかけて押さえ込み、龍之介はその中に間欠的に欲望をはき出す。切ない痺れに陶酔するように、楽は固く目を閉じている。
熱い吐精が、楽の奥をびゅくびゅくと打った。楽のものからも、ぴゅっ、ぴゅ、と、途切れ途切れに絶頂の証が溢れ出している。龍之介は、腹を汚すその感触さえ愛おしくて、鼻から荒く呼吸した。
ぶるぶると痙攣する楽の体を、のしかかって押さえつけ、最後の精を吐き出す。
「……っはあ、はあ!げほっ……っあ……はぁっ」
ようやく離れた唇で、楽が激しく息を吸った。
「楽……、気持ちよかった……」
「ああ……俺もだ、龍」
楽の薄い胸が激しい呼吸に上下する。乱れた髪が張り付く額にキスをして、つないだ手をゆっくり離すと、ずっとそうしていたせいか、指の形がなかなか戻らなかった。
「楽……」
もう一度名前を呼んで口付ける。楽も嬉しそうに目を細めてキスに応えた。龍之介は、楽の目じりに残る涙を、親指で拭った。

「暑いな……」
「扇風機、当たらない?」
「おまえの体温が高いんだよ」
もう一度風呂に入って、帰ってきた家族と食事をして、
楽の手が、ごそりと、龍之介のシャツに潜り込んでくる。畳に敷いた煎餅布団の上で、楽の体が、龍之介を後ろから抱きしめた。
「ここ、暑いから……その気になる」
「……楽。だめだよ、蒼太たち、起きちゃうから……」
ふすまを隔てた隣の部屋では、弟たちが寝ている。こんなところでするわけには。
「とか言うくせに、勃ってんじゃねえか」
「これは、楽が触るから。好きな子に触られたら、こうなるんだよ」
「へえ」
「嬉しそうにするし……」
勃起した龍之介のものを手ですりすりと愛撫して、楽は龍之介に囁いた。
「抜くだけだって。気持ちよくしてやるよ」
な?と、浮かれた様子で誘われれば、悪い気はしない。
「それなら、口でして欲しい」
「いいぜ。口で、いかせてやる」
龍之介の顎を指先ですくい、ちゅ、と口付けてから、楽は龍之介のものを引っ張り出した。
立てた膝の間に、楽が四つん這いになって入り込んできた。ちゅう、と可愛らしい音を立てて、唇で鈴口を吸われる。
「ん……」
ふわふわのくせ毛が、注ぎ込む月光の下で、光って見える。楽の髪に指を差し込んで、見た目よりずっと熱い頭皮を撫でてやると、楽はさっきの交接を思い出したように腰を揺らした。
ぬるつく薄い舌に、鈴口をにじられる。楽は先端をひどく責められるのが好きなんだろうか。
「それもいいけど……咥えて欲しいな」
「ああ」
意を決するような間があってから、楽の温かい吐息が、先端にかかった。舌が裏筋に伸びて、湿った熱い口内に、竿を迎え入れられる。
楽の小さい口では、龍之介のものを半分もくわえられない。
「ひょっはい」
「楽、そこで喋るの……」
「んむ……っ、感じたか?」
「うん。気持ちいいけど……唇でしごいて欲しい」
一旦離れた唇は、龍之介の吐き出す先走りの糸を唇のまんなかに伝わせている。ぺろりとそれを舐めとって、楽がまた龍之介のものを口内に迎えた。
「おいしそう……」
苦く独特な臭いがするはずの場所を、楽はうっとりと舐めている。うまいわけねえだろ、と、咥えたままで声もなく睨みつけられ、それでも龍之介は納得できなかった。
楽、かわいい……。
楽のフェラチオは、決して上手くはなかった。中途半端に育てられた陰茎が苦しいくらい、たどたどしく舌を絡めて、上下に舐め下ろす動きを繰り返すばかり。
もどかしい思いを抑えながら、楽の髪を指で混ぜてやる。
「楽、かわいい……」
ぴちゃぴちゃと水音を立て、楽が睨み上げてきた。
口淫の合間に吐く、やるせない吐息が色っぽくて、体が熱くなる。
「は、っ、楽……だめだ、いきそう……」
自分のものの、楽の口に余る部分を掴んで、ゆるゆると手で扱く。と、楽がその手に手を添えて、ぐっと掴んではずさせた。
「まだいくなよ」
「楽、口、疲れない?」
問いかけに答える代わりに、楽が龍之介のものの先端をちゅむちゅむと唇で刺激した。
「っ、もう……」
楽の白く筋張った手が、龍之介のものを細い指でしごき始める。陰嚢までふにふにと揉みしだいて、そうする間も拙いフェラチオをやめない。
つい夕方、繋がったばかりなのに。楽は何度だって龍之介を求めてくれる。龍之介もまた、楽に応えたいし、楽を欲しいと思う。そうやって欲し合える、満たし合えることが嬉しい。
楽の頭を何度も撫でてやりながら、少しだけ腰を進めて、自分のものの先端を楽の上顎に擦り付けた。
噎せるように動いた喉の動きが気持ちよくて、ずりずりと楽の口の内壁で熱源を擦り、しごく。
「んー、っ、んっ、んむ」
「っ、はあ、楽……楽、気持ちいい、いいよ……」
ぬるついて苦い蜜を溢れさせるもので、ごりごりと上顎を擦られ、楽は目尻をとろんと下げている。肉を肉が圧迫する柔らかでしっとりと熱い感触に、龍之介は目を閉じて感じ入った。
「楽……」
ゆるやかな刺激と、うっとりと愛らしい楽の表情が、龍之介を高めていく。
「楽、愛してる……」
楽の口を蹂躙し、舌で奉仕させながら、龍之介はその頭を撫でて、まだ明けない熱い夜を堪能した。

「楽、腰、平気?」
「まあな。腰より背中だ、日焼け、擦れた所が痛え。メシ何?」
「ごめん……バター焼きみたいだ。とれたてだと思う」
「へえ。うまそう」
弟たちは学校に、父親は市場に出かけ、2人きりの朝食。一日前の朝には、今日をこんなふうに過ごすなんて、想像もしていなかった。東京に行く前も、同じように、どうなるか何もわからなかった。そして楽に出会い、天に会い、その夜、三人はTRIGGERになった。
龍之介にとって、TRIGGERでいることは、言えないことが増えることでもあった。楽との交際も、そのひとつだ。
岩礁の陰のキスも。昨夜、風呂場で楽のひくつくところから精液をかき出していたら、ついその気になって、お互いに身体を擦りつけ合ったことも。フェラチオをしてもらっていたら楽の顔に射精してしまって、あわてて楽の顔を拭いている間に、口で出して欲しかったらしい楽にぺろぺろとものを舐められたことも。
家族にもファンにも、あるいは天にも、言えない。
だけど、その言えないことさえ、龍之介を十龍之介として立たせる幸福で誇らしい記憶のひとつだ。
起こしに来てくれた末の弟の瑚太郎に、抱き合って寝ているところは見られたけど、まだ恋人として紹介はしていない。
いつかまた、楽を、恋人だと言いに来よう。
こんなにかっこいい人、見たことないと思った、東京のあの夜。あの時からきっともう、お互いに好きだった。その人と、恋人になれたんだと、本当は一番に家族に報告したい。楽が大好きで、毎日幸せなんだと。
ふるさとの海で泳いで、大切な家族の家で繋がって、いまともにふるさとの味のご飯を食べていること。その人を好きになって、その人と過ごして、自分のことまでもっと好きになる。それは愛で、幸福だった。
「楽」
今日の漁で獲ってきた魚だろう、バター焼きのエーグヮーをほぐして食べる楽に、ほほ笑みかける。
「一緒に来てくれてありがとう」
箸を置いて、食卓の下で、楽の腿に手を乗せた。
「楽を、もっと好きになった」
告げると、楽が箸を置いて、その手に手を重ねてくれる。
「ああ」
微笑み返してくる楽は、昨夜さんざん体を重ねた朝だというのに、爽やかな表情をしていた。なにか大切なことに気づいたような。
楽のその表情が嬉しくて、龍之介の笑みが深くなる。つないだ手に楽が力をこめた。
「俺も、愛してる」

 

 

※次ページに読まなくていい後書きがあります。

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